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行商人の話2

 東の都市の話は、俺がまだ駆け出しの頃に行商人仲間からよく聞いていた。


 その頃俺は、故郷の北の都市と首都を往復する生活を送っていた。北の都市は四つの都市の中で最も閉鎖的な都市だ。北の都市に生まれた者の多くは、透き通るような白い肌と亜麻色の髪である。この国の多くの国民が茶色や黒い髪色であるが、北の都市の出身の者だけそのような色になるのである。

 理由は分からないが、北の都市の人は北の都市の人としか結婚したがらないため、多くの人は白い肌と亜麻色の髪を持っている。


 しかし俺は、生まれながらにして黒毛だった。


 両親ともに亜麻色の髪なのに、親戚一同亜麻色の髪をもっているのに、俺だけ黒毛であった。


 幸いなことに俺の家族は、髪の色について何も気にしてはいなかった。どうやら、母方の祖父も同じように黒毛であったそうだ。母は「おじいさまの素敵な髪を受け継いでくれてありがとう」といつも笑顔で俺の髪をなでてくれた。


 しかし、街の目は違う。


 俺の故郷は北の都市の田舎の、見た目が違うことに対しては人一倍敏感な街だった。父も母もご近所付き合いはほとんど無く、そのうえ中心部まで働きに出ていたから、俺がどれほど奇異の目で見られていたか、あまり理解をしていなかっただろう。もしかしたら知っていて、目を背けていたのかもしれない。




 ある日、街に赤毛の行商人がやってきた。赤毛の行商人は、街の特産である毛織物をいくつか購入するためにやってきたらしい。北の都市の出身ではない行商人が来たことで、親世代は怪訝な目を向けていたが、俺は興味本位で彼に近づいた。

 行商人に近づき、彼の手を取って挨拶しようとすると


「よしてくれ。」


 彼は手を挙げた。


「私は行商人だ。神の息吹を感じられないからしなくていい。」


 と、苦笑しながら話した。俺は膝についた土を払い、


「行商人は神の息吹を感じられないの?」


 と質問した。今考えるとかなりぶしつけな質問だが、その行商人は明るく話をしてくれた。

 この街には毛織物をいくつか見繕いに来たこと、行商人は神に嫌われていること、北の都市は思ったよりも寒いことなど。

 その中でも一番興味を引いたのが、最近東の都市では聖女の世代交代が起きたことだった。


 新しく東の聖女になった子は、なんと俺と同い年らしい。

 歴代の聖女のなかでも、かなり頭が良く、優しい聖女ということで首都では評判だったようだ。


「私は北の都市に来る前に、たまたま東の聖女を見かけたんだ。」


 遠くからだけどね、と彼は付け加える。


「聖女の顔までは分からなかったけど、きれいな長い黒髪だったよ。」


「黒髪!?」


 俺は驚いて、叫んだ。行商人は笑って返した。


「そう、黒髪だったよ。君と同じようにね。」




 それからの話は覚えていない。

 この街には一人もいない黒髪。奇異の目で見られる黒髪。同じ黒髪の持ち主で、同い年の人がこの世界にいるんだ。

 東の聖女の存在は、俺の胸を昂ぶらせた。



 会ってみたい。



 そう思い始めたのはこれが最初だった。それから東の都市や東の聖女の話を収集するようになった。最初は怪訝な目で見ていた周囲の人々も、次第に慣れてきたようで、近所の毛織物屋から話を聞いたり、首都へ出張に行った人から話を聞いたりするようになった。



 曰く

 東の聖女は、歴代の聖女のなかで最も神に愛されている。

 曰く

 東の聖女の聖歌を聴くと、病気が癒える。

 曰く

 東の都市は、最も神に愛された土地となった。



 眉唾物の話もいくつかあったが、大まかに言うとこんな感じだった。


 それからしばらく経ち、18歳になった日に、俺は行商人になるために北の都市から抜け出した。





 閉鎖的な北の都市だが、北の都市出身の者には優しい傾向がある。

 駆け出しの頃は、その優しさに甘えて北の都市を中心に商売を行っていたが、20歳の頃ようやく東の都市で商売を行えるようになった。


 それからは定期的に東の都市へ行くようになった。東の聖女に会う夢は、夢のまま終わってしまったが、東の都市には仲の良い友人もでき、第二の故郷とも呼べるようになった。

 東の聖女の影響か、東の都市には黒髪の人が何人かいたから、東の都市では馴染めたのも大きな理由かもしれない。







「もう二度とあの都市には行けないのかもしれないな…」


 酒場でぽつりと口に出すと、無性に寂しく感じてきた。

 恋人が東の都市にいる男は酔い潰れたようで、周囲の人の肩を借りて立とうとしている。

 俺に彼のような強い気持ちはあるのだろうか。自分の気持ちなのに、答えが出ない。


 ふと、東の都市の友人の顔が浮かんできた。

 黒髪の、あの青年の顔が。


 元気にしているだろうか。


 知りたい。


 そう思うと、なんだか体に力が入ってきた。



「俺が代わるよ。」


 そう言って、酔い潰れた男の肩を支えた。


 夜は長い。彼と作戦を立てるのも悪くないだろう。

 肩に掛かる重い体重は気にならなかった。心がなんだか軽く、足取りは自然と前へ進んでいった。

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