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行商人の話1

東の聖女が死んでから1ヶ月後の話

 いやーーー参った。


 それが本音だ。


 東の都市へ行けなくなってから1ヶ月、俺は途方に暮れている。

 自慢の黒毛をくるくるといじりながら、酒場に入った。


 自分の住む土地から動かない町人や聖職のやつらは、東の都市のことを一切口に出さなくなった。同じ国とはいえ、自分の住む土地以外には簡単に行き来できない土地柄だ。そりゃそうだろう。

 しかし行商人の俺らは別だ。なんたって食い扶持がかかっているからな。


 俺らのように、東の都市に顧客をもっていた行商人は大打撃だった。東の都市へ行けなくはないが、大司教に「呪われてる」なんて言われた土地へ行ったら、他の都市では商売ができなくなってしまう。


 他の都市で新たな販売回路を見つけたやつらは、俺のようにいつまでも首都でぐだぐだしていない。

 俺だってそうすりゃいいんだろうけど、あの都市に魅入られた人間の一人としては、金にならないから、とすぐに他の都市へ浮気しようなんて気にはならないんだ。

 首都には同じように、東の都市への未練がましいやつらがとぐろを巻いている。ただ、町人や聖職の奴らがいるところではおおっぴらに東の都市への渇望を口に出すことはできない。だから俺らは夜、酒場へ集まり東の都市への未練をグチグチと言い明かしている。



「だいだいよぉ」



 今夜もエールを飲みながら、東の都市についての話が始まった。



「本当に東の都市は呪われてんのか?」



 一人の男がつぶやく。



「あの東の都市だぜ? 同じ国とはおもえないくらい栄えていて、飲み物だって食いもんだってなんだって最高なあの都市がそんな突然呪われるなんてことがあるのかよ。」


「やめとけよ。今そんなことを言ったら聖職のやつらにどんだけ後ろ指を指されるか分かったもんじゃない。」


 違う男が窘める。今、この首都で「東の都市」という名前を言うと冷たい目線が注がれるのだ。この酒場は行商人が集まる店だが、やはり行商人の中にも「東の都市の呪い」を恐れるものはいる。


「俺、東の都市へ行こうと思うんだ。」


 さっきつぶやいた男が、同じぐらいの声量でつぶやいた。


「大司教が言っただけで、本当はどうなんているのかなんて誰にも分からないだろう? それに東の都市には――――」


 男は顔を曇らせて、言いよどんだ。

 しかし、そこにいる誰もが彼がなぜ言いよどむのかを知っていた。その男は、東の都市に恋人がいるのだ。行商人の中には、その土地を愛して、そこに住む人を愛して、町人となるものも少なくはない。

 その男も、近々式をあげて東の都市へ住む予定だった。俺らは男の浮かれた表情を冷やかしつつ、彼の恋路を応援していた。

 しかし、大司教の話より2,3ヶ月前からこの国の人々の間には東の都市には悪い噂が立ち始めた。



 曰く「東の聖女が神に逆らった。」



 神に逆らうとはどういうことなのか、何が起きるのか、信心深くない行商人にはよく分からない。そもそも土地に定住しない俺らのような行商人は神に疎まれているのだから、自分たちのことが嫌いな神を好きになろうとは思わないのだ。しかし、神に選ばれ、誰よりも愛された聖女が、神に逆らうということの重大性は理解できる。

 そこから男の結婚話は一切聞かなくなった。男が言うことには、東の都市へ連絡が取れなくなったという。運の悪いことに、東の都市へ向かう一本道に大雨の影響による倒木があり、馬で進めなくなってしまったのだ。手紙も届けることができなかったのだろう。馬が通れなければ、俺たち行商人は仕事をすることができない。そのため行商人の足も遠のいていた。いつか、だれかが倒木を片付けてくれるだろうと思い、俺たちは違う都市で仕事をしていた。

 その男もその一人だ。結婚資金や新婚生活の資金を稼ぐために、他の都市へ行って稼いでいた。


 しかし1ヶ月前に、大司教から今後十年東の都市へ行っては行けない、という話があった。男の絶望は計り知れない。先の見えない不安の中、「東の都市へ行く」という思いに至るのは当然であろう。


 誰も男を止めなかった。しかし、推奨する者もいなかった。





 語り続ける男の声をあまり考えず聞いていると夜が更けてしまった。

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