王子の従者の話1
聖女の集会は、東の聖女が死ぬ8ヶ月前のお話。
「王子の従者の話」は10年前~8ヶ月前の話。
起きたばかりだが、布団に戻りたい。まだ日が昇っていない、暗い空を見ながら支度を始める。
今日はかなり大きな仕事が入っている。今日は10ヶ月前に選ばれた聖女とそれぞれの都市の長が大聖堂へ集まり、各都市の実情を報告する日だ。
自室の窓を開け、外の空気を取り入れる。暑さが本格的になってきている。太陽が顔を出す前なのに、昨晩残った暑さが肌にまとわりつく。
私は王族の代表として会議に参加する王女……いや王子付きの従者として大聖堂まで行くことになっている。私だけが大聖堂へ行くのは全く問題ないのだが、あのおてんば娘、もとい王子を連れて行くのは骨が折れる。重たい腰をあげて彼女の部屋へ向かった。
この国は神と人間の王族が治める国である。神職の人たちは神の存在もって人々の心の支えとなり、王族は政治をもって民衆が生きていけるような統治をする。それがこの国の基本だ。お互いを支え合ってく必要があると思うのだが、どうも神職と王族は仲が悪い。さらに、争いもなく、衣食住に困る人が少ないこのご時世だと、どうも王族の威光はかすんでしまう。
御年14歳。いなくなられた双子の王子の代わりに公の場では「王子」となる王女エミリア様が、やる気をなくすのも当然と言えよう。
「エミリア様、リオです。入りますよ。」
トントン、と扉を叩く。返事はないがいつものことだ。ガチャッと扉を開ける。案の定、エミリア様はベッドですやすやと眠っていた。
眠っているときは、静かでかわいいんだけどな。ふっとそんなことを考える。
いつまでも起きてくれないので、無情にカーテンを開ける。すでに太陽は昇りはじめているため、日差しが部屋の中へ差し込む。エミリア様はもぞもぞと動き始める。
「エミリア様、おはようございます。」
「う……ん。おはよお、リオ。今日はリオが起こしに来てくれたのね。」
エミリア様は目をこすりながら起き上がる。机の上に白湯を用意すると、ゆっくりと動き始めた。椅子に座るエミリア様の長い黒髪を櫛でとかす。さらさらとして、艶のある長い黒髪をといていると、絹を触っているような心地になる。
「エミリア様、今日は大聖堂での会合の日です。」
「行きたくない。」
「行かなければなりませんよ。」
エミリア様はあからさまに気分が落ちている。私もあまり神職の方々に良い印象をもっていないため、彼女の気持ちはとても分かる。エミリア様が「王子」に扮しなければならないのも、神職の方々に一部原因があるのだから、彼女の落ち込みようはもっともと言える。
ただ、ここでエミリア様を甘やかすわけにはいけない。というより、甘やかしたら侍女たちや王様から私が怒られてしまう。そのために、いつもなら侍女が行うはずのお目覚めから髪の手入れまで任されたのだ。
リオの言うことなら、エミリアは聞くはずだ。
王様もお妃さまもそのように思っていらっしゃるのだ。そんなことはないのに。
14歳になられる王女であるエミリア様のお世話係……もとい従者をさせていただいているのには訳がある。
もともと私はエミリア様の双子のお兄様、つまり本当の王子様の従者をしていた。そのことから、エミリア様とも仲が良く、私たちは3人で遊んでいた。私が7歳のときからの付き合いなので、かれこれ10年になる。
母がお二人の乳母をしていたため、私は彼らが小さい頃から王宮を出入りしていた。幼い頃から、「王子の良き友となってくれ」と王様に言われていたため、私は学校が終わるとすぐに王宮へ駆けつけ王子様――――エミル様と一緒に過ごした。
エミル様は相当賢い方で、3歳年上の私が学校で勉強した内容などすぐに理解し、私に勉強方法を教えてくれもした。一緒に学んでいたエミリア様は、すぐに勉強に飽きてしまい、どこかへ行ってしまうことが多かったが、私が呼びにいくと渋々戻ってきた。
他にもエミル様は、他者の機微にいち早くきづいたり、幼いながらこの国の未来を考えるような発言が多々あった。そのため、周囲の人たちはエミル様に多くの期待をよせ、エミル様もそれに応えるべく過ごしていた。私はエミル様の友として隣に並べるように人一倍の努力を続けたが、年下ながら私の数歩先を行くエミル様を追いかけることしかできなかった。
エミリア様はエミル様ほど賢いわけではなかったが、人の心の内に敏感で争いごとを好まず、だれよりも平和を望む方だった。普段はエミル様と一緒にやんちゃに遊んでいても、私とエミル様がけんかしそうなときはだれよりも早く間に割って入って仲裁することが何度かあった。
私には父がいなかったため、毎日お二人のことを母に話して聞かせていた。母はすでに乳母を退き、王女様の侍女の一人として働いていたため、お二人のことはよく知っていたはずだが、新しいことを聞くかのように楽しそうに私の話を聞いてくれた。
王族として素晴らしいお二人にも年相応のかわいらしさはあった。
エミル様もエミリア様も、お顔立ちが全く同じであり、髪の長さも全く同じだった。そのため、二人はよく服を入れ替えて王宮の人たちを困らせていた。いつもはエミル様が髪を一つに縛っており、エミリア様は髪を縛っていないため、それが逆になると侍女でさえも分からなかった。
しかし、私は二人を区別できた。なぜなら、エミル様はいたずらっ子のような瞳をしており、エミリア様は穏やかに見つめるような瞳をしているからだ。エミリア様は「リオにはすぐにばれちゃうからつまんない」と頬を膨らませていたが、エミル様は「さすが私の友だな」と自分のことのように誇らしげにしていた。「じゃあ、もう入れ替わりなんてしないでくださいよ」と私が言うと二人揃って「それはいやだ」と笑って逃げた。
お二人と過ごす日々は、とても大切で幸せで、かけがえのない日々だった。大好きな人たちに囲まれて、私は幸せな子ども時代を過ごしていた。
それも4年前までの出来事だ。
4年前の今日と同じような暑い日、突然エミル様は私たちの前からいなくなった。
私が13歳、エミル様とエミリア様が10歳の時だった。
エミリア様とエミル様が同じ日に体調を崩された。暑さで体調が崩れたのだろう、と周りの人たちは行っていた。私はうつるといけないから、と部屋へ入ることは禁じられた。いつもなら3日ほどでお部屋に呼ばれるようになるのだが、そのときは4日を過ぎても呼ばれなかったため、とても重い病気になったのではないかと心配したのを覚えている。
1週間ほど過ぎたとき、王宮を歩いているとエミル様の服を着たエミリア様を見かけた。また二人で服の交換をしているのか。元気になったのか。そんなことを考え自然と表情がほころんでしまった。エミリア様を追いかけ、「エミリア様!」と声をかけた。
すると、思わぬことが起きた。
エミリア様の近くにいた侍女が、目をつり上げて私をにらみ、さっとエミリア様を隠したのだ。まるで、私にエミリア様を見せないように。そのせいか分からないが、エミリア様が私を気づくことはなかった。
今までにないことをされて、面食らってしまった。その場は話しかけてはいけない雰囲気だったので、私は一礼して立ち去った。
1ヶ月経っても、私はお二人のそばに行くことを禁じられていた。ただ、なぜか王様が私を解雇せず、下働きとして王宮で働き続けることを許してくださったので、毎日のように王宮へ通い続けた。
「なあ、最近エミル様を見かけることが少なくないか?」
同い年で下働きをする少年に尋ねてみたことがあった。少年はブハっと咳き込み、声を上げて笑う。
「なに言ってんだよ。エミル様なら毎日のようにお見かけしてるじゃないか。俺は今日も見たぜ。」
「違う。あれはエミリア様だ。私にはエミリア様にしか見えない。」
「じゃあ王女様が男装してるっていうのか? そんなくだらないこと、王族がするかよ。」
するんだよ、あの方達ならな。と喉まででかかったが、王族の名誉のためにぐっとこらえた。ひとしきり笑った後、少年は「そんなことよりさ」と私に話しかけてきた。
「そんなことよりさ、いつまで自分のこと私って言いつづけてるんだ? 正直ここじゃ浮くぞ。俺にしとけ。王子様のとこ、首になったんだろ。いつまでも上流階級みたいな言葉遣いしてるとここじゃ嫌われるから気をつけろよ。」
ま、俺はお前のこと気に入ってるけどな。と言って少年は去って行った。首になったわけじゃない、そう言いたかったが、言えなかった。
客観的にみたら、私は王子の友という立場を首になったのだ。もしかしたら、と自分の中で思っていたことだが、いざ他人から言われると強く実感してした。
もう、王子に隣に並ぶ機会がなくなってしまったのか。
そう私は、――――俺はそう感じた。深い、深い喪失感を味わいながら、日々を過ごした。
それから月日は流れ、2年ほど経ったある日のことだった。
俺は15歳になり、学校も飛び級して卒業したため、正式に文官として王宮で働くことになった。最年少で文官になったらしく、周りはもてはやしていたが、俺にとっては最年少であることなどどうでもよかった。ただ、エミル様と肩を並べ、働けるチャンスをつくれたことに喜びを感じていた。
しかしそれから半年が過ぎた頃、王宮で侍女をしていた母が亡くなった。よくある病死だった。少し前から体調を崩しており、ある程度の覚悟はできていたが、いざ母のいない生活が始まると、なぜ生きないといけないのか分からなくなっていた。
毎日王宮で事務仕事をこなし、夜が更ける頃に王宮の端にある我が家へ帰る。その繰り返しだ。最年少で文官になったということもあり、上司からの期待とやっかみが俺を押しつぶしていた。終わりの見えない仕事量、陰口の絶えない職場、明かりのともっていない家。エミル様と肩を並べ働ける未来は見えなかった。
「もう、いいや」
ある日、俺は誰にも言わずに、生まれ育った王宮から出ていった。暗く、肌寒くなってきた日の夜のことだった。




