首都の神殿のとある司教の話5
「お疲れ様でした。今日からあなたは首都郊外の孤児院で働いてください。」
ある日相談室を掃除していると、大司教様が部屋にやって来てそう告げた。
大司教様は初めて会ったときと同じように優しい笑顔をしている。驚いて手に持っていたぞうきんを落としてしまった。
パルモルをしていないことを思い出し、慌てて跪き大司教様の手をとった。そしてひざまずきながら尋ねた。
「ずいぶん急な話ですが……、私は何かしてしまったでしょうか?」
「いえいえ、あなたにはずいぶん助けられましたよ。ただ、聖女候補の相談役よりも、あなたは孤児院で働いてくださった方が向いていると神がお導きくださったので、それを伝えたまでです。」
「神のお導き…ですか。」
「その通りです。神があなたを導いてくださったのです。ありがたいことですね。」
ありがたいかどうかは私が決めることだと思うのだが……。大司教様はその表情を崩さずに話す。
「では、30分後に案内の司教を使わしますので、その方の指示に従ってください。」
30分!? いくらなんでもそれは早すぎる。思わず立ち上がって大司教様に尋ねた。
「待ってください! 聖女候補の少女達に一言別れの挨拶はさせていただけませんか?」
「挨拶はいりません。聖女候補とはもう関わらなくてよいのです。」
大司教様の表情は優しかった。しかし、その目は冷たく無感情だった。
はっきりとした拒絶を感じ、思わず一歩後ずさる。
怖い。大司教様が何を考えているのか分からない。でも――――
「それも、神のご意志ですか?」
歯を食いしばって尋ねた。一瞬大司教様の表情が崩れた。その表情は、今まで見てきたどんな人よりも冷たく恐ろしい顔をしていた。だが、一瞬だけだった。すぐに優しい表情に戻った。
「はい。その通りです。」
優しい声色で、優しい表情で大司教様は答えた。
神は人と人の縁を強制的に絶つような存在なのか。それはなんと人を馬鹿にしている神なのか。
その意志は、本当に神の意志なのか。そこに人の意思は介入していないのか。
神は本当に存在しているのか。
きっと私の目は大司教様をにらんでいる。最低限笑顔だけでも、と思い、ニマっと笑い吐き捨てるようにつぶやいた。
「ずいぶんと勝手な神ですね。」
大司教様は口元は優しく微笑みながら、しかし氷のような冷たい目をして言った。
「そういうところですよ。」
そうして、一年間の私の神殿生活は幕を下ろした。
一年後、孤児院で働く私のところに噂が入ってきた。
東西南北の聖女の代替わりが行われたとのことだ。
大聖堂を見に行った人の話では、まず東の聖女と西の聖女が選ばれたという。
遠目だから顔はよく分からないが、東の聖女は腰まである長い黒髪で、西の聖女も同じく長い赤い神だったらしい。
その一週間後には南の聖女と北の聖女も選ばれたという。
南の聖女はとても幼く見え、北の聖女はきれいな亜麻色の髪をしていたらしい。
大聖堂の周辺は、新しい聖女たちを一目見ようと多くの人でごった返していたという。
私が神殿を去ったこの一年で彼女たちになにが起こっていたのか知ることはできない。
ただ、何も言わずに去ってしまった申し訳なさは一生私の胸から離れることはないだろう。
聖女となった彼女たちを支えてくれる誰かに巡り会えますように。
私はそっと神に祈った。




