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首都の神殿のとある司教の話4

 それから私は、相談室に誰も来ない時には特別室へ行くようになった。

 エミルはほとんど毎日眠り続ける少女の元に訪れていたので、私はエミルと会話することが増えていた。

 少女を見つめるエミルの顔がとても優しげだった。もしかしたら、この子は将来子どもを世話する職に就くのかもしれない。そう思って、エミルに声をかけてみた。


「エミルは将来何になりたいの?」


 子守歌を歌っていたエミルは、ブハっと吹き出した。


「先生何言ってんの? 私は聖女見習いなんだから、聖女になりたいに決まってるじゃん。」


「いや、そうなんだけど。あなたが聖女になれないなんて私は一ミリも考えていないんだけどさ。聖女見習いになる前は、何になりたかったのかなって。」


「うーん……。」


 エミルは少し困った表情をしている。


「聖女見習いになるとここに来る前の記憶が、なんというかモヤがかかったようになっちゃうんだよね。これは私だけじゃなくて、他の子たちも言っていたんだけどさ。」


 初耳だった。そんなこと、誰も、一言も言っていなかった。しかし、そう言われるといろいろなことのつじつまがあう。子どもなのに両親のことを誰一人として口に出さないこと。妙に心が安定していない子どもが多いこと。そして、何より神の愛にすがって生きている子どもが多いこと。

 街の学校の子どもたちも、神の愛や神の教えを忠実に守り過ごしている。しかし、神殿にいる子どもたちは異様なほど神への信頼や忠信が厚い。それは聖女候補として選ばれたという自負があるのはもちろんだが、親からの無償の愛を感じられずにいるため、その空いた穴を補うようにして神からの愛で満たそうとしているからなのか。


 私の表情を見て、エミルは慌てて言った。


「あ、でも! 別に困ったこととかはないし、むしろ神の存在をここに来る前より感じられてる気がするって言うか、そんな感じがするから、むしろありがたいよ!」


「そう――――なの?」


「そうそう! あー、で何になりたいか、だっけ。考えたことなかったな。聖女になれなかったら、私たちは聖女候補として聖女の補佐を行うためにそれぞれの都市に行ったり、ここで司教になったりするから。考えなくても、神が導いてくれるから考えなくていいんだ。」


 エミルはニマっと笑う。こんな賢い子が「考えなくてもいい」なんて、言うのは勿体ないと思う。だから、


「あのさ、エミル。」


 あまり、彼女の負担にならないように伝えたい。


「あなたはとっても賢くて優しい子よ。勉強もそうだけど、他の子のことを考えたり、周りの人に気を遣うことができたり、街の子どもでもこんなに素敵な子はめったにいない。だからこそ、あなたには自分の頭で色んなことを考えてほしいの。」


「自分の頭で?」


「そう。だれかに言われたことをやるのは簡単よ。でも、自分で考えて行動することは、人間にとって何よりも価値があって、大切なことだと思うの。ただ言われたことをやるのではなく、なぜそれに取り組むのか、一度考えてみるの。あなたならどんなことでも間違った道に進まずに答えを出していけると思うわ。」


 隣の椅子に座っているエミルの頭を優しくなでた。彼女はおとなしく頭をなでられている。


「あなたがどんな立場になったとしても、私はあなたの先生よ。いつでもあなたがただの子どもに戻れる場所を私は用意しているわ。疲れたらいつでも私のところへ戻ってらっしゃいね。」


「……うん。」


 しばらくおとなしく頭をなでられていたエミルは、ぽつんとつぶやいた。


「今、ちょっと考えてみたんだけど。もし聖女じゃなかったら、私は先生になりたいな。」


「先生に?」


「うん。ミア先生みたいな、あったかい先生になれたら嬉しい。」


 へヘっとエミルは笑った。つられて私も笑う。目尻に浮かんだ涙がばれていないといいのだが。

 特別室に夕日が差し込み、茜色に染まり始めた。

 この平和な時間が続けばいいのにな、そんなことを思っていた。






 その1ヶ月後、私は神殿を去ることとなる。

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