首都の神殿のとある司教の話3
エミルとアデルが相談室へ来なくなって半年が経った。
相談室に来る聖女候補も日に日に減っていた。聖女候補の授業がどのようなものか、私は知らない。しかし、相談室に来ると、目線が合わなかったり、会話できなくなったりする少女が増えていることが気がかりだった。私から相談室に呼びたい子は何人かいたが、他の司教に拒まれてしまい、話ができない。
聖女候補たちの中には、相談室へ行くことが恥ずかしいと思っている子もいるようで、それも大きな障壁となっていた。
神殿に来てから一年程経ったこともあり私が歩ける場所が増えてきた。
相変わらず聖女候補たちに相談室以外で口を利くことは許されていない。聖女候補とすれ違うときは目を伏せるのがマナーとなっている。
しかし、遠目に授業に取り組んでいる彼女たちを見ることはできた。
幼い聖女候補の中心には、かならずエミルとアデルがいた。エミルは腰ぐらいまでに髪が伸び、アデルも胸の高さぐらいまで伸びていた。日に焼けて赤みを帯びているアデルとは対照的に、エミルはもともと白い肌だったのに、さらに血の気の引いた肌色をしている。半年前にアデルが言っていたように、エミルはまだ何かをしているのかもしれない。
二人はお姉さんのような存在のようだった。勉強を教えるエミルと、運動を教えるアデル。幼い聖女候補たちからは尊敬のまなざしで見られていたが、私にはどうも無理をしてお姉さんぶっているように見えた。しかし、エミルとアデルの周りにいるときは、他の聖女候補たちの目が生き生きとしていた。それがなによりも嬉しかったし、なんだか誇らしかった。
この日から、エミルと私は特別室で眠り続ける少女の世話を二人で行った。
ある日、私のところに依頼が入ってきた。
特別室にいる聖女候補の身の回りの世話を頼みたい、とのことだった。おそらく神殿で働く女性の中で最も暇な私が選ばれたのだろう。しかし、特別室という部屋を私は一度も見たことはなかった。
依頼してきた司教は「大聖堂の反対側へ歩いていけば分かる」とだけ言って、どこかへ行ってしまった。
分かりっこないでしょ! と思いつつ、歩いていくと、本当に分かった。今までなぜ気づかなかったのかわからないぐらいわかりやすく大きな扉があった。見るからに特別そうな部屋だった。
扉をノックして中に入ると、小さな子供が寝かされていた。
ふっと半年前の会話が脳裏をよぎった。
5歳で選ばれた聖女候補。その子どもは今どこにいるのか――――
「お久しぶりです。司教様。」
部屋の隅から、美しく神秘的な声がした。声のしたほうを見ると、そこにはエミルがいた。相談室で話していた時よりも、大人びた声色になっていたものの、そのいたずらっ子のような表情は変わらなかった。
「お久しぶりです。黒髪の聖女候補様。」
私は彼女に近寄り、ひざまずいてパルモルをした。顔を上げると、少し寂しそうに微笑んでいた。
「やだなあ、やめてよミア先生。」
「先に司教様なんて言ったのはそっちでしょ、エミル。」
二人で顔を合わせて笑った。よかった。この少女はまだ会話ができるんだ。それだけで、少し救われた気分になった。
「エミルはどうしてここにいるの?」
「この子のお世話のため、かな。」
エミルはベッドで寝ている少女を見つめた。彼女を見つめるエミルの視線は、妹を見つめるかのように温かだった。
「この子は?」
「先生も話してたじゃないですか。5歳で聖女候補に選ばれた子だよ。7歳まで神殿にあげることができないけれど、神に呼ばれてしまったから、こうして7歳になるまで眠ってもらっているんだ。」
エミルは彼女の頭をなでる。
「大司教様から修行の一環としてこの子を託されたんだ。この子が悪い人たちから見つからないように部屋の周りに結界を張って、7歳まで起きないように子守唄を歌ってって。だから毎日ここにきて、子守唄を歌っているんだ。よく寝られるように。」
ベッドに寝かされている少女は規則的な呼吸をしていて、肌つやもよい。むしろ、世話をしているというエミルのほうが体調が悪いように見える。
「エミルは、ちゃんと寝られているの?」
「まぁ、そこは聞かないでよ、先生。」
へへっと苦笑する。しかし、彼女の眼の下に縁どられたクマは、彼女が語らずとも寝られていないことを表していた。思わず眉をしかめてしまった。目線が合わなくなった聖女候補の中にもこんな子がいた。神を見つめすぎて、自分を見つめられなくなってしまった子が。
「この子が寝息を立てていると、あー生きてるんだ、神は今日もこの子を生かしてくれたって毎日安心できるんだ。一晩中この子の寝顔を見て、朝日が昇るのを見ると、自分が生きてることを神に感謝したい気分になってくるんだよね。それに、神がこの子をこの年でここに遣わしたってことは、きっと何かの意味があるんだよ。そして、結界の操作と歌が得意な私が神殿にいることも、神の思し召しなんだと思う。だから、私は神のご指示通り――――。」
「ばかっ!」
思わず口から大きな声が出てしまった。エミルはぎょっとした顔をした。もしかしたら私の目に浮かぶ涙に気づいたのかもしれない。
「神、神、神ってなんでそんな神にこだわってるの!?」
「そりゃ、聖女候補なんだから―――」
「あなたは聖女候補かもしれないけど、それ以前にまだ幼い子どもよ! 大人を頼るべき子どもなの。自分を大切にしなきゃ、他人なんて大切にできないのよ!」
ぽかんとした顔をしているエミルに続けて叫ぶ。
「あなたがこの子の世話を神の思し召しって言うのなら、きっと私がここへ派遣されたのも神の思し召しよ。」
頬に流れてきた涙を乱暴に拭ってから、エミルの両手を握った。
「決めた。私は、あなたを一人にしない。自分を大切にできないあなたを大切にする。」
一緒にこの子の面倒を見ましょう、と無理やり作った笑顔で続けて言った。
エミルは若干驚いていたけれど、なんだか照れくさそうに下を向いて、「よろしく」と小声でつぶやいた。




