首都の神殿のとある司教の話2
神殿で働き始めてから半年が過ぎた。相変わらずエミルとアデルは二人でじゃれ合いながら相談室にやってくる。2人が来ると相談室というより、さながらこの部屋は女子会のような雰囲気になっていた。
聖女候補も、3ヶ月に1人か2人ほど来るようになり、二人は聖女候補の中でもお姉さんのような存在になっていた。それ故に、相談室では年相応の幼さを出していたのだろう。
ある日、新しい聖女候補が神殿にやってくるという話を聞いた。7歳以上じゃないと神殿に上がれないのに、なんとその子どもはまだ5歳だという。
7歳未満の子どもは生まれた親との縁が深く結びついているため、神に仕えるよりも親と一緒に過ごす方が長生きできると、聖典には書かれている。しかし例外として、神がその子どもが聖女候補であると認められたときは親元を離れなければいけないとされている。
最近司教達の中で話題になっているのは、その聖典の解釈についてだ。
神が聖女候補と認めたら親元を離れなければいけない。しかし、神殿への立ち入りを許可されているのは7歳以上である。5歳の聖女候補を果たしてどう扱うのか。
相談室でもエミルとアデルはこのことを話題にしていた。
「5歳の聖女候補かーー。」
アデルは自分の髪をいじりながらつぶやく。最近彼女はエミルのように髪を伸ばし始めた。なんでも、髪を伸ばした方がおしとやかにみえそうだから、という理由らしい。
「5歳って早くない? あたしが5歳のとき、まだパルモルしてなかったよ。」
「そうだな、5歳は早すぎると私も思う。」
エミルはしゃべりながら、黙々と青と白の紐を編んでいる。なんでも、髪を結わえたいけれど神殿に髪紐がないため自作しているらしい。
「しかし、神が導いているのならばここに来ることは必然なのだろう。」
「んー、まあそうだよね。ミア先生はどう思う?」
アデルはかわいらしく机に頬杖をつきながら話しかけてきた。
アデルは一見すると活発でやんちゃそうな雰囲気をしているが、内面はかわいいものが大好きな女の子であることが最近分かってきた。最近はエミルに協力してもらい、かわいく見えるポーズを研究しているらしい。
「私は一応司教って立場があるからなんとも言えないけど、小さい子が来たらかわいがってあげないとね。」
「かわいがるってどうやるんだ?」
アデルが紐を編むのをやめて、こちらを向いた。なんだかとても不思議そうな顔をしている。
「そりゃ髪をといてあげたり、頭をなでてあげたりするんじゃないかな。ほら、小さいときにされたことあるでしょ?」
「そう――――だな。」
エミルはギクシャクとした笑みを浮かべた。心がチクッとした。
もしかしたら、この子の家庭はそういうことをしてもらなかった家なのかもしれない。もしかしたら、家族がいないのかもしれない。その可能性を考えていなかった。大人として恥ずかしい……。
しばらくおしゃべりをしてから、二人は自室へ戻った。私は今日やらかしてしまった失言を深く反省した。次にエミルがこの部屋へ来たら、謝ろう。そう決意した。
しかし、それからしばらくエミルはこの部屋へ来なくなった。
アデルも、普段の授業のあとにエミルがすぐいなくなってしまうことを気にしていた。何でも大司教様がエミルを連れて毎日どこかへ行ってしまうとのことだった。
また、二人は同じ部屋なのだが、エミルが帰ってくるのは太陽が昇る直前らしい。
「最近のエミル、毎日顔色真っ青なんだよね。」
相談室で宿題をこなすアデルはそう言う。
「毎日なんかしているのは分かるんだけど、かたくなに教えてくれないし。でもあの子外面はいいから、他の司教様には気づかれないようにいい子ぶってるし。ミア先生なんか知らない?」
「そうね……。私は本当に下っ端だから、情報が降りてこないのよね。」
本当のことだ。私は初日以来、聖女候補の授業を見せてもらえなくなった。授業が終わった聖女候補たちの話を聞いて前を向けるようにアドバイスする以外、私は許されなかったのだ。相談室以外では聖女候補たちへの声かけも禁じられている。何でも、神聖さが失われてしまうそうだ。
「だよねー。エミルに教えてもらえるまで待ってみる。ミア先生も、エミルがなんか言ってたら教えてね。」
そう言って、また宿題にとりかかりはじめた。エミルを心配するアデルもどことなく元気がないように見える。大きくて活発な瞳は、若干の陰をみせている。
「アデルは大丈夫?」
思わず聞いてしまった。アデルは顔をあげ、きょとんとした顔をしている。
「何が?」
「いや、あの、エミルのことを心配するアデルも疲れてるんじゃないかな、なんて思って……。」
「私は元気だよ!」
アデルは満面の笑みで答えてくれた。
「だって、ミア先生がいるもん! ミア先生とおしゃべりすると、なんだか落ち着くんだよね。やっぱ先生ってすごいや。」
えへへっとアデルは笑った。つられて私も笑顔になる。
「あなたはとっても元気で素敵な笑顔をしているわ。だから、他の人にも元気を与えることができるのね。」
「そうかな?」
「そうよ。私はあなたの明るさに救われているわ。」
思わずアデルの頭をなでた。アデルは照れくさそうにニコニコしている。
「でも、あなたがつらくなったとき、いつでも私を頼ってね。きっとあなたは無理してでも、他の人のために行動してしまうと思う。でも、自分の心を一番大切にしてあげてね。私はあなたの先生として、いつでもあなたの力になるわ。」
「わかった! ありがとう、先生!」
アデルは満面の笑みで答えてくれた。
アデルのその表情を見たのは、それが最後だった。
次の日から、アデルも相談室にやってこなくなった。その代わりに、もっと幼い子ども達が相談室へやってくるようになった。二人のことは気になっていたが、聖女候補のところへ自分から行けない私は、相談室で心配することしかできなかった。




