首都の神殿のとある司教の話1
東の聖女が死ぬ2~5年前の話
首都の神殿には様々な仕事がある。
各都市の神殿と一つ異なっているのは、ここには聖女候補を育てる機関があるということだ。
神子は約50年に一度、代替わりを行う。前の聖女の代替わりは46年前に行ったと記録があるため、徐々に候補たちが集まってきた。
私の仕事は、ここで聖女候補たちの相談役、つまりメンタルケアをすることだ。他の司教のように祈りや歌を教えるのではなく、彼女たちの会話相手として任命されたのだ。
そもそも私は司教なんてたいそうな人ではないのだ。もともとは首都の学校で教師をしていたが、ある日神殿の使いという人たちが私の家へやってきた。
「おめでとうございます。あなたは聖女候補の世話係に選ばれました。」
そう言うと、次の日には学校を退職したことになっており、あれやこれやと神殿で司教をすることになっていた。司教と言っても私の場合は、毎日神に祈りを捧げ、信仰に生きていく訳ではなく、聖女候補のメンタルケアをするためだけにつけられた期間限定の司教らしい。仕事は違えど、聖女候補達のために期間限定の司教になった人は何人かいたため、少しほっとした。
聖女候補たちはすでに8ヶ月ほど神殿で生活しているそうだ。
学校ではいつも茶色い服を身につけていたが、ここでは真っ白な服が基本のようだ。服は服を管理する担当の司教から渡された。
「飲み物や食べ物をこぼしたら一発で分かるから、気をつけてくださいね。」
と言われて渡された。他の司教になった人たちに聞いたところ、そんなことは言われてないとのことだった。外部から来たから舐められてるんだ、なんて他の司教達が代わりに怒ってくれていたけれど、実際私はよく食べ物を落とすほうだったので、なんだか恥ずかしくなってしまった。
聖女候補はまだ二人しかいなかった。神からお告げのあった人物へ声をかけに行っているらしいが、この国の地理的な問題から、首都に住んでいた二人しかいないらしい。前から神殿にいた司教が言うことには、他にも何人か聖女候補はいたのだが、いつの間にか二人しかいなくなっていたらしい。なんとも恐ろしい話だ。
一人は長い黒髪の賢そうな子、もう一人は赤い髪の活発そうな子だった。二人は一緒に授業を受け、祈りを捧げていた。二人とも、11歳か12歳ごろに見える。案内係の司教に連れられて彼女たちの授業を一日見させてもらった。
まず、黒髪の少女はとても賢かった。難しい言葉であってもすぐに理解し、自分の言葉に置き換えて応えることができていた。学校で働いていたときにもこんなに賢い子は見たことがなかった。また、信じられないくらいきれいな声だった。話すときの声も歌うときの声も、ごく普通の人間である私ですら神の存在を感じた。それくらいきれいな声だった。
もう一人の赤い髪の少女は負けん気が強かった。授業の時に黒髪の少女よりも答えるのが遅くなると決まって悔しそうな顔をしていた。私が働いていた学校の生徒に比べればよほど優秀なのだが、二人で切磋琢磨する姿がとてもかわいらしかった。また、この少女は運動が得意なようで、木に登ったり廊下を走ったりと、見ているこちらが笑顔になってくるくらい明るく振る舞っていた。
一日が終わる頃、ようやく二人と話すことができた。二人とも私を見ると少し緊張した面持ちだったが、膝をついてパルモルをした。本来は私からパルモルをする必要はないのだが、二人を見ていたら自然と私も膝をついてパルモルをしてしまった。
「こんばんは。私はミアといいます。今日からあなたたちの世話係になりました。前は首都にある学校で学校の先生をしていたの。何か困ったことがあったら、私に声をかけてくださいね。えっと、まずは名前を教えてもらえる?」
二人はなぜかびっくりして、お互いの顔を見合わせている。何か変なことを言っただろうか?
赤い髪の少女がしゃべり出す。
「あの……、私たち聖女候補は名前がないんですけど。」
「名前がないってどういうこと?」
「聖女候補となった時点で、私たちは神のものになったので、親から与えられた名前はここでは名乗りません。他の司教様達は、私たちのことを赤い髪の子とか、背が高い子、とかで呼んでいるので、あなたもそのように呼んでください。」
驚いた。そんなことを他の司教から聞いたことがなかったが、確かに一日中彼女達を見ていたのに一度も名前を聞かなかった。
「でも、それって何だか寂しくない?」
口が滑った。二人の少女はきょとんとした目つきでこちらを見ている。新しい環境に入ったら波風立てずにやっていくのが大人の処世術なのに、最初は疑問なんてもってはいけないのに、つい幼い彼女達を見ていたら口が滑ってしまった。ええい。滑ったついでにもう言ってしまえ。
「名前で呼ばれると嬉しいじゃない? それに、身体的な特徴で呼ばれたら、同じ黒髪の聖女候補が来たときに困っちゃうじゃない。だから、名前で呼んでいいかな?」
「好きにしたら?」
黒髪の少女が口を開いた。さっきまでは賢そうな雰囲気だったのに、突然二マっと笑い始めた。
「先生なんでしょ? 司教様じゃなくて。なら、私もこの相談室の中だけでは、あなたのことを司教様じゃなくてミア先生って呼ぶ。だから、私のことも名前で呼んでほしいな。」
突然ざっくばらんに話しかけられて少々驚いたが、それ以上に赤い髪の少女が、黒い髪の少女の頭をバシッと、それはかなり痛そうに叩いたことにもっと驚いた。
「ちょっとエミル、司教様に向かって慣れ慣れしいよ!」
「もーいったいなぁ。いいじゃん。アデルはそんな猫かぶってないで早く本性表しなよ。」
「何よいつも猫かぶってるのはエミルの方じゃない! 大人の前ではいい顔しちゃってさ!」
「私は別に猫をかぶってるつもりはないよ? ただ望まれるように行動してるだけ。」
そんな問答があった後黒髪の少女――――エミルはいたずらっ子のような瞳で私を見つめ、
「というわけで、私はエミル。このうるさい馬鹿力はアデル。よろしくね、ミア先生。」
二マっと笑った。
私の慌ただしい神殿生活は、このときから始まった。
自分で「パルモル」って名前つくっといたくせに、名前忘れちゃう。もっとわかりやすい名前にしておけば良かった……。
パルモルは目上の人に対して、ひざまずいて手のひらに口づけする行為です!




