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旅人の話4

 次の日の早朝、俺はあっけなく解放された。

 神殿の男が言うには「東の聖女様のご温情だ」とのこと。

 さらに、ガソリンが空になっていたはずの俺の愛車は走れるようになっていた。そして、磨かれて新車のようにピカピカになっていた。嬉しい誤算だ。

 だれが手入れしてくれたのかを尋ねたが、誰もしらない、の一点張りだった。


「なあ、最後に東の聖女に会えないか?」


 試しに近くにいる男に聞いてみた。男は怪訝そうな顔をする。


「何を言ってるんだ。神殿で働く俺ですらめったに会える存在じゃないのに、お前が会えるわけないだろう。」


「そうか。ちなみに東の聖女はどんなやつなんだ?」


 聖女様と言え、と男は突っかかってくる。


「聖女様は、とてもお美しく聡明で、誰に対しても分け隔て無く接してくださるお方だ。歴代の聖女様の中でも群を抜いて賢いともっぱらの評判で、首都にいた頃には聖女の候補生からも一目置かれる優秀な成績だったそうだ。それだけでなく、東の聖女様は誰よりも美しい声をしているんだ。」


 鼻高々に言う。


「声がきれいなことはそんなに大切なのか?」


「そりゃそうさ。俺たちのような階級が低い奴らは、聖女様の声を通してしか神様の言葉に触れることができないからな。半年ぐらい前に聖女の代替わりがあって、今の聖女様が首都からこの東の都市へやって来られた。正直俺は、神様なんて信じていなかったし、聖女の教えも話半分に聞いていた。神殿で働いたのだって、他のところより幾分か給料が高いからさ。」


 でもな、と彼は続けた。


「今の聖女様の話は、すっと心の中に入ってきて、なんだか本当に神様っているんだなって気持ちにさせてくれるんだ。当代の聖女様がいらっしゃってから初めて神様や聖女様のために働けることって幸せなんだなって感じられたんだよな。」


「――――いい話じゃねぇか。」


「そうか?」


 男は首をかしげる。


「ん……まあ、自分の仕事に意味を見いだして、やってけてるなら、それは幸せなことだと思うぜ。」


 愛車に鍵をさし、元気よく鳴り響くエンジン音を聞く。

 その音に男は驚いたようだったが気にせず走り出した。この場所から、離れたい。その気持ちが強かった。






 走って行く内にきりがかかってきた。これも結界とやらの影響なのか。

 最後に話した男の話が頭で繰り返されている。

 自分の見ていたあの子どもと、彼が見ている聖女は同一人物のはずなのに印象が全く異なっている。あの子に神聖さを見いだすのは分かるが、あの子のことを話す彼の目は少し異様だった。本人の前で口に出すのははばかられたが、まるで狂信者のようだった。

 街はそうでもなかったが、檻の中にいるときは、常にあのような目をした奴らがいた。


 彼らの信仰の対象になっているあの子どもは――――エミルは、そんな神々しい雰囲気ではなかった。あの時俺は一瞬あの子に神の存在を感じた。しかし本当に一瞬だ。それ以外は、大人びようと少し背伸びしている、普通の10代半ば頃のどこにでもいる子どもだった。

 昨日の夜の、あの強がりともいえる表情、そしてなでた頭の感触が忘れられない。

 あの子を守ってくれる存在はあるのだろうか。

 隣国の王族として自分にできることはなんだろうか。


 国に帰って考えることは、たくさんありそうだ。まずは兄上にこの国の話をしなくては。そう思いながら、目の前に広がる故郷の風景を眺めていた。

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