プロローグ
もともと、物語を書いたことはあるんですけど、アップロードしたことはなかったので、初めての試みです。誤字脱字があったら教えてほしいです。なるべく無いようにはします。
ゲームが好きか、と聞かれたら、緑井叶天は少し考えてからこう答える。
「うん、楽しいからね」
それ以上でも、それ以下でもない。
勝ちたいとか、強くなりたいとか、有名になりたいとか。そういう理由がまったくないわけじゃない。ただ、それらはすべて副産物だ。操作して、失敗して、修正して、また操作する。その繰り返し自体が、叶天にとっては何より楽しかった。
実を言うと、叶天はこのゲームをプレイするのが初めてだった。
正確には、タイトルを触るのが初めて、という意味だ。ゲーム自体は昔から好きだったし、アクションもRPGもそれなりに遊んできた。ただ、VRMMORPGというジャンルには、これまで縁がなかった。
理由は単純で、機会がなかっただけだ。
特別な期待も、不安もない。ただ、新しいゲームを始めるとき特有の、少しだけ胸が軽くなる感覚があるだけだった。
「まあ、やればわかるよね」
初見だろうが、未知だろうが、やることは変わらない。
動かして、失敗して、直す。
それを繰り返せばいい。
それが、緑井叶天という人間のやり方だった。
だから今日も、叶天はベッドに寝転がり、VRゴーグルを装着する。
≪リンク率確認中……≫
≪脳波同期、問題なし≫
≪VRMMORPGを起動します≫
「よろしくお願いしまーす」
誰に言うでもなくそう呟いた瞬間、視界が白に塗りつぶされた。
次に意識がはっきりしたとき、目の前に浮かんでいたのは半透明のウィンドウだった。
≪初回ログインを確認しました≫
≪ユーザーネームを設定してください≫
「NqBiで」
意味はない。短くて、打ちやすくて、被りにくそうだったから。それだけだ。
≪ユーザーネーム《NqBi》を確認≫
≪キャラクターデータを生成します≫
続いて表示されたキャラメイク画面を、叶天はほとんど弄らずに進めていく。外見にこだわるより、早く操作したかった。
≪職業を選択してください≫
並んだ職業一覧を一瞥し、叶天は迷いなく一つを選ぶ。
「暗殺者で」
≪注意。この職業は高難易度に分類されます≫
「大丈夫大丈夫」
どう難しいのかは、やってみればいい。そう考えること自体が、叶天にとっては自然だった。
≪職業《暗殺者》を選択≫
≪初期エリア《最初の街》に転送します≫
軽い浮遊感のあと、視界が開ける。
石畳の広場。周囲には建物や露店が並び、さまざまなプレイヤーが歩き交わっている。武器を構えた者、メニューを開いたまま立ち尽くす者、チャットで盛り上がる集団。ログイン直後特有の、雑多な空気だった。
「ふーん……」
叶天は軽く周囲を見回す。
話しているプレイヤーの横を通り過ぎ、掲示板の前で足を止め、クエスト一覧をちらりと確認する。しかし、すぐに興味を失った。
「あとでいいや」
今は知識よりも、感触が欲しかった。
街の出口へ向かい、門をくぐる。
≪エリア移動≫
≪《始まりの草原》≫
視界が切り替わり、広い草原が広がった。弱そうなモンスターが点在し、遠くではすでに戦闘を始めているプレイヤーたちの姿も見える。
「よし」
叶天はナイフを構え、最も近くにいたスライムへ歩み寄った。
『スライムの攻撃! 2ダメージ!』
「お、被弾あり、と」
慌てる様子もなく距離を取り、背後へ回り込む。
『NqBiの攻撃! 4ダメージ!(残り)』
「攻撃硬直はまぁまぁ。攻撃間隔、約三秒……」
独り言を挟みながら、同じ動作を繰り返す。スライムは倒れ、経験値が加算される。
≪レベルが上がりました≫
「よし」
ステータスを確認し、AGIにポイントを振る。
「当たらなければどうということはない、っと」
そこから、叶天はひたすら狩った。
スライム。
ラビット。
ウルフ。
倒して、倒して、倒して、倒して。
被弾したら原因を考え、位置取りを変える。
死んだら、復活して、同じ動きをもう一度なぞる。
『NqBiは死亡しました』
「まだまだぁ!」
笑いながら再挑戦する。
「今のは回避がワンテンポ遅い。修正」
同じ敵を、同じ手順で、何十回も。
それが、叶天には楽しかった。
数時間後。
「……あ、これ効率いいな」
モンスターの湧き位置、移動ルート、攻撃タイミング。それらが一つの線として繋がった瞬間、作業は完成する。
以降は、それをなぞるだけだ。
結果、叶天は一度も立ち止まらず、黙々と狩り続けた。
気づけば、周囲に他のプレイヤーが集まり始めている。
「あの人、ずっと同じ場所いない?」
そんな視線にも気づかず、叶天はナイフを振る。
≪ネームドモンスター接近中≫
「ん?」
草原が揺れ、通常より一回り大きい赤色のウルフが姿を現す。
『ブラッドウルフが出現しました』
「お、いいね!」
声は弾むが、動きは変わらない。
回避、背後取り、攻撃。
被弾、修正、再現。
『NqBiは死亡しました』
「おっと!」
即座に復活し、再挑戦。
「攻撃範囲、想定より広いな……じゃ、次はここ」
三度目の挑戦で、ブラッドウルフは倒れた。
≪討伐成功≫
「よし、作業完了!経験値も美味い!これでレベル22!」
満足そうに息を吐いた、そのときだった。
背後から、声がかかる。
「……ねえ」
振り向くと、一人のプレイヤーが立っていた。
「さっきから見てたけどさ。あんた、なんでそんなに楽しそうなの?」
「え?」
叶天は少し考えてから、にっと笑う。
「だって楽しいじゃん。やればやるだけ、上手くなるし」
相手は、少しだけ黙った。
「このゲーム……それだけじゃ、やっていけないよ」
「そっか」
叶天は軽く頷く。
「じゃあ、そのとき考える」
その言葉の意味を、彼が本当に理解するのは、まだ先の話だ。
この世界が、作業だけでは乗り越えられない“何か”を突きつけてくることを、叶天はまだ知らない。
「……ま、楽しいから続けるけどね」
そう言って、彼は再び草原へと歩き出した。
この世界の“本気”が、彼を待っているとも知らずに。




