1話
ミノウチ竜王国。
落雷御殿の近く。
夜は明けていた。太陽はまだ昇りきっていなかった。
村澤勇参は、落雷御殿に行くまえに、
ーリフカちゃんに挨拶していこ。
そう思い立った勇参は、大木が立ち並ぶ林を背に、ポツンと建っている、一軒の古民家の戸口の前に立った。
ーリフカちゃん。おはよー。
返事はなかった。
ーリフカちゃん。いないの。
勇参は戸口を開けた。
囲炉裏には鍋が置いてあった。床の上の寝具はキレイに畳まれ、部屋の隅に寄せてあった。中には誰もいなかった。
そんな勇参の後ろに、険悪な呻き声と共に忍び寄る影があった。勇参が振り返ると、大岩ぐらいのデカい熊が涎を垂らしながらこちらを見ていた。
(あっ、熊だ)
勇参はリフカの家に被害が及ばないよう、冷静に横歩きして家から距離をとった。
熊が攻撃態勢をとった。勢いをつけて、こちらに走ってきた。
熊の爪が伸びてきて、勇参の皮膚を引き裂こうとした。
勇参は素早く横に避け、道に出た。
熊も続いた。
勇参は落雷御殿のある方向へ走った。
走っていると、勇参の背後、舗道の上、林のなかから斧を右手に構えた一人の娘が、熊の真上に着地するよう、タイミング良く飛び降りた。そしてほぼ同時に斧を振り下ろした。
ーグサッ!!!
という音がしたかと思うと、次の瞬間、熊の首はストンと地面に落ちた。辺りには血と獣の匂いが広がり、森の中は静寂に包まれた。
勇参は足を止めて後ろを振り返った。熊の死体の近くで、娘は木の枝と薪が積まれた背負子を背負って立っていた。
勇参は走って娘のそばへ寄って行った。
ーリフカちゃん。無事・・・怪我は。
ーイサン君。こんなに早く、ここで何やっているの。
リフカの表情は見えなかった。
ー落雷御殿に行くついでに、リフカちゃんの家寄ろうかと思ってたら、熊と遭遇して、それで・・・。
ーここは最近、竜冥山の縄張り争いに敗れた熊が、獲物を探して徘徊している。
ー・・・。
ー早朝は特に危ない。
リフカが手に持つ両刃斧から熊の血がポタポタと垂れた。
ーごめんなさい。
ーさっさと埋めちゃおう。
二人は熊の死体を、林のなかに埋めた。
リフカが斧で掘った土の中に、勇参が熊の死体を運んで埋めた。熊は臭かった。
リフカは、勇参が必死に息を止めようと頬を膨らませていることに気づくと、
ー竜なのに熊の匂い、ダメなんだね。
と言った。




