第8話 「二人だけのリレー ― 先生と私 ―」
秋の風が心地よく吹き抜ける校庭。
紅白の旗がはためき、歓声が響く――
体育祭。
クラスメイトたちが盛り上がるなか、
私は思いもしなかった組み合わせで走ることになった。
斉藤先生と、私。
先生と二人きりのリレー。
それは、忘れられない一日になる予感がしていた。
午後の競技、校庭は一段と熱を帯びていた。
太陽がじりじりと照りつけ、歓声が風に乗って響く。
そんな中、アナウンスが流れる。
「次は特別リレー、“先生と生徒の絆リレー”です!」
私は息を呑んだ。
……そう、これが今日いちばんの見せ場。
ペアになったのは――もちろん、斎藤先生。
先生は白いTシャツにハチマキを締め、手にバトンを持って笑っていた。
「緊張してるか?」
「す、少しだけ……でも、先生と一緒だから大丈夫です」
「いい返事だ」
軽くハイタッチした瞬間、手の温もりが伝わる。
一瞬で胸が高鳴る。
⸻
スタートの笛が鳴った。
第一走者は私。
砂を蹴り上げ、全力で走る。
風を切る音、足音、観客の歓声――全部が遠くに感じる。
ただ、ゴールの向こうにいる先生だけを見ていた。
「……先生っ!」
バトンを渡す瞬間、指先が触れた。
先生がそのまま受け取り、走り出す。
眩しいほど速く、力強い背中。
それでも振り返って、ほんの一瞬、私に微笑む。
「大丈夫だ、ちゃんと見てるぞ」
心臓が跳ねた。
まるで世界が止まったみたいだった。
先生の足が土を蹴るたび、観客の歓声が上がる。
――そして、ゴール。
一瞬の差で、私たちのチームが一位だった。
⸻
「やった……! 先生、勝ちました!」
息を弾ませて駆け寄ると、先生は笑顔でバトンを掲げた。
「よく頑張ったな。最後まで君の走り、ちゃんと見てた」
「先生の走りも、すごく格好よかったです……!」
気づけば、手をつないでいた。
周囲の生徒が歓声を上げ、カメラを向ける。
私は慌てて手を離そうとしたが、先生は優しく押さえた。
「いいんだ。これくらいなら、誰にもバレないさ」
「も、もう……!」
頬が熱くなる。
でも、先生の目はまっすぐで、どこまでも優しかった。
⸻
表彰式。
金色のリボンが風に揺れ、トロフィーが光る。
司会の先生が笑顔で言った。
「特別賞は――見事な連携を見せた、3組・斎藤先生と阿達さん!」
校庭中が拍手に包まれる。
私は顔を真っ赤にしてトロフィーを受け取った。
隣で先生が、少し照れくさそうに笑う。
「……本当に、二人で走ったみたいだな」
「二人で勝ちましたから」
「そうだな」
夕暮れ。
片付けの終わったグラウンドに、私と先生だけが残っていた。
オレンジ色の光が差し込む中、先生がそっと手を差し出した。
「今日のこと、きっと一生忘れない」
「私もです。……先生と走った時間、ずっと宝物にします」
先生は少しだけため息をつき、でも優しく笑った。
「君と走ると、不思議と怖いものがなくなる」
「え?」
「教師として、男として……君の隣に立てることが、誇らしいんだ」
私はうつむき、涙をこらえながら答えた。
「……ずっと隣にいてくださいね」
「もちろん。君となら、どんな道でも走れる」
風が吹いて、ハチマキの端が揺れた。
遠くで夕焼けのチャイムが鳴る。
体育祭の一日は終わっても、私たちの“二人三脚”は、まだ始まったばかりだった。
体育祭の午後。
教室に戻ると、斉藤先生がさりげなく言った。
「お前、いい走りしてたぞ。先生も負けてられんな」
その一言が、今日一番嬉しかった。
あの日の風の匂いも、先生の声も、全部覚えている。
体育祭が終わっても、あの瞬間だけは今も胸の中で走り続けている。




