第12話「父の疑念と小さな約束」
父の突然の訪問をなんとかやり過ごした翌朝。
けれど――めぐみの胸のざわめきは消えない。
どこか探るような父の視線、そして意味ありげに笑う妹。
誰にも言えない秘密の恋は、少しずつ家族の目に映り始めていた。
そんな中、交わされた「小さな約束」が、新たな波乱の始まりとなる。
翌朝。
昨日のドタバタが嘘のように静かな朝だった。
めぐみはまだ心臓の鼓動が落ち着かないまま、朝食の席に座っていた。
「……めぐみ」
父の低い声。
「昨日、誰か家に来てたか?」
カップを持つ手が、かすかに震える。
「え、えっと……お隣さん? 新聞の勧誘? かな?」
「ふうん……そうか」
父は視線を外し、コーヒーをひと口すする。
――でも、その目は、どこか探るようだった。
隣で妹が、ニヤリと意味ありげに笑った。
めぐみの背筋が一気に凍る。
「お姉ちゃん、昨日の夜――誰かと話してたよね?」
「な、なに言ってんの! 夢でしょ、夢!」
「ふーん……“先生”って言ってたけど?」
「っ!!」
フォークを落としそうになるめぐみ。
父の眉がピクリと動いた。
「先生?」
「ち、違うの! オンライン授業の話! そう、それ!」
「休日に?」
「リモート補習っていうか、その……」
――完全に言い訳が破綻していた。
その日の放課後。
職員室の前で、めぐみはそっと深呼吸をした。
斉藤先生の机の前には、見慣れた書類と湯気の立つコーヒー。
「めぐみ、どうした?」
「……父が、少し怪しんでます」
先生は一瞬だけ眉をひそめ、静かに立ち上がった。
「無理に隠し通さなくてもいい。けど……まだ早い」
「はい……」
そのとき、職員室の扉が開いた。
「失礼します。斉藤先生、安立めぐみの父です」
空気が一瞬で凍る。
先生とめぐみ、同時に立ち上がった。
「お世話になっております」
「こちらこそ。娘がいつも……大変お世話になっております」
父の視線は穏やかそうで、けれど底の見えない色をしていた。
しばらくの沈黙のあと、父が言った。
「先生。……娘を、よろしくお願いします」
まるで何かを含んだような声。
その場にいた誰もが、時間を止めたかのように動けなかった。
帰り道、めぐみは小さく息を吐いた。
「……気づいてますよね、あの感じ」
「そうだな。でも――口にはしなかった」
めぐみは先生の袖をそっとつかむ。
「私、約束します。
どんなことがあっても、先生を困らせません」
「……ありがとう、めぐみ」
二人の手が、夕暮れの影の中で重なった。
その瞬間、めぐみのスマホが震えた。
妹からのメッセージ。
『お姉ちゃん。お父さん、たぶんもう気づいてるよ。でも、黙っててあげる。
そのかわり、週末に“先生”と私も一緒に遊んで?』
めぐみはため息をつきながら微笑んだ。
「……小さな約束が、一番こわいんですよね」
先生は苦笑しながら、めぐみの髪をそっと撫でた。
「まあ……妹さんも敵には回したくないな」
二人の笑い声が、沈む夕日に溶けていった。
隠すこと、守ること、そして信じること。
それは、めぐみにとって“恋”ではなく“覚悟”に変わりつつあった。
父の疑念、妹の沈黙――家族の中で芽生えた小さなひび割れ。
けれどその裂け目の奥には、確かに光がある。
めぐみと斉藤先生の絆は、試されながらも、
静かに、確実に強くなっていくのだった。




