第11話 「思いがけない訪問者」
めぐみの家で過ごす穏やかな午後。
斉藤先生もようやく体調を取り戻し、
ふたりだけの静かな時間が流れていた――。
そんなとき、玄関のチャイムが鳴る。
扉の向こうに立っていたのは、まさかの“あの人”。
隠してきた秘密が、思いがけぬ形で暴かれようとしていた。
朝の光が差し込み、窓の外では小鳥の声が聞こえていた。
昨夜まで高熱で苦しんでいた斉藤先生の顔色が、ようやく落ち着いている。
枕元でタオルを替えながら、めぐみは安堵の息をついた。
「もう熱、下がってきましたね」
「うん……めぐみが看病してくれたおかげだ」
「当然です。……夫ですから」
そう言って笑うと、先生の頬が少しだけ赤くなった。
お粥を食べ終え、ようやく落ち着いたその時――
玄関の鍵がカチャリと回る音がした。
「……めぐみ? 帰ってるのか?」
その声を聞いた瞬間、二人の体が同時に固まった。
――めぐみの父。
「やばっ……! なんで今日に限って帰ってくるんですか!?」
「めぐみ、落ち着いて。とにかく俺、どこかに隠れる!」
「押し入れ!? いや、クローゼット!? ちょっと待って!」
バタバタと立ち上がる二人。
先生は毛布を掴み、慌てて押し入れの戸を開けた。
「ここ、入るしかないな……!」
「ちょ、ちょっと! スーツじゃないから、変な感じですって!」
「もう、そんなこと言ってる場合じゃ――」
「めぐみー? おーい、何してるんだ?」
父の足音が近づく。
慌てて先生を押し入れに押し込み、布団を前に積み上げる。
めぐみの心臓はドクドクと鳴っていた。
「お、おかえりなさいお父さん! 早いですね!」
「急な出張キャンセルでな。お前、誰かと話してたか?」
「い、いや!? 一人です! 動画見てただけです!」
「ふーん……なんか部屋、男の匂いしないか?」
「し、しませんっ! 消臭スプレーしたんですっ!」
父が部屋の中をキョロキョロと見渡す。
押し入れの前に立ち止まる。
――その瞬間、布団の奥から小さなクシャミが聞こえた。
「……今、何か聞こえたか?」
「き、気のせいですっ! ね、ねぇお父さん、お茶入れますね!」
めぐみは半ば強引に父をリビングへ押し出した。
台所に逃げ込むと、押し入れの中から先生の小声が聞こえる。
「めぐみ……助かった……死ぬかと思った……」
「もう……先生、ほんとに静かにしててください!」
「でも……今の“男の匂い”って俺のことだよな……?」
「しーっ! 喋らないで!」
どうにか父を玄関まで見送り、ドアが閉まった瞬間。
めぐみは全身の力が抜けて、その場にへたり込んだ。
押し入れの戸を開けると、先生が布団まみれになって出てくる。
「……なぁ、めぐみ。俺たち、完全にドラマみたいなことしてないか?」
「ほんとですよ……心臓止まるかと思いました」
二人で顔を見合わせ、つい吹き出す。
「でも、俺……改めて思った」
「え?」
「バレてもいいって思えるくらい、めぐみのことが大事だ」
静かな声でそう言われ、めぐみは一瞬、息を呑んだ。
――その言葉に、どんな緊張も吹き飛んでしまう。
「……先生、それ、ずるいです」
「めぐみには勝てないからな」
小さな笑いがこぼれた瞬間、
押し入れの奥で鳴ったくしゃみがもう一度響いた。
二人の視線が同時に動く。
「……え? 誰?」
どうやら――
押し入れの奥に、妹が寝ていたらしい。
「……やっぱり、思いがけない訪問者は一人じゃなかったんだな」
先生がため息をつき、めぐみは顔を真っ赤にして笑い転げた。
突然の訪問者に、めぐみと先生の心臓は跳ね上がる。
嘘も言えず、真実も語れない。
けれど、どんなに驚かされても――
二人の絆はもう簡単には崩れない。
この出来事が、彼らにとって“家族”という意味を
見つめ直すきっかけになるのかもしれない。




