第10話 「風邪をひいた先生と、めぐみの看病」
楽しい旅行のあと、ふと訪れた静かな日常。
だけど、そんな時こそ心と身体は油断してしまうもの。
斉藤先生が倒れ、めぐみの家で看病することに――
“先生と生徒”ではなく、“夫と妻”として過ごす一晩。
優しさと温もりが満ちる、穏やかで少し切ない時間の物語。
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午前の空はどんよりと曇っていた。
昨日までの旅行の疲れがまだ残っているのか、先生からの連絡が途絶えたのが気になっていた。
「……おかしいな、今日は会うって言ってたのに」
スマホを見つめながら、胸の奥がざわつく。
夕方、玄関のチャイムが鳴った。
出てみると、そこに立っていたのは顔色の悪い斉藤先生だった。
「せ、先生!? どうしたんですか!」
「めぐみ……ごめん。ちょっと熱が出たみたいで……帰ろうと思ったけど、足が……」
声はかすれ、額にはうっすらと汗。
私は慌てて先生の腕を取り、自分の部屋に引き入れた。
「ちょっと待っててくださいね。お水とタオル持ってきます!」
そう言って走り回る私を見て、先生は苦笑いしていた。
「めぐみ、そんなに慌てなくていいよ。少し休めば……」
「だめです。倒れたらどうするんですか!」
ベッドに寝かせ、額に冷たいタオルを置く。
先生は目を閉じ、かすかに息を吐いた。
「……ありがとう、めぐみ。なんか、情けないな。生徒に看病されるなんて」
「生徒じゃありません。今は……奥さんです」
口にした瞬間、頬が熱くなる。
先生が目を開け、少し驚いたように笑った。
「そうだな……めぐみの言う通りだ。今日は“先生”じゃなくて、“夫”でいさせてくれ」
その言葉が、まるで魔法みたいに胸に沁みた。
夕食はおかゆを作った。
慣れない手つきで鍋をかき混ぜ、味見しては塩を足す。
「どうぞ、先生。熱いから気をつけて」
スプーンを差し出すと、先生はゆっくり口に含んだ。
「……うまい。めぐみが作ると、何でもおいしく感じるな」
「そんな……市販のおかゆですけど」
笑いながらも、心の奥が少し誇らしかった。
食後、薬を飲ませて横になった先生の頬に、少しずつ赤みが戻っていく。
私はそっとその手を握った。
「先生……早く元気になってください」
「うん……めぐみの手、あったかいな」
そのまま、先生は眠りについた。
夜更け。
雨音が窓を叩く中、私は静かに先生の寝顔を見つめていた。
普段は堂々としているのに、今は少し弱々しくて――でも、その姿がとても愛おしかった。
「先生……大好きですよ」
誰にも聞こえないほどの小さな声で、つぶやいた。
指先で先生の髪を撫でながら、私はそっと微笑む。
その夜、めぐみの部屋の灯りはいつまでも消えなかった。
二人だけの秘密の時間――それは、静かで温かい愛の夜だった。
雨の夜、めぐみの部屋に灯った小さな明かり。
それは、秘密の恋が確かにそこにある証のようだった。
先生の弱った姿を見て、めぐみは改めて「守りたい」と思う。
そして先生もまた、めぐみの存在に救われていく。
この夜のぬくもりは、きっと二人の未来を照らす小さな光になる――




