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革命

作者: tashusala

人通りが少なく暗い路地裏のアパートの一室に、革命組織のアジトがあった。

部屋の中には武器弾薬がところ狭しと並べられている。

「この国の政治にはもう期待できない。経済は停滞して格差も拡大し続けている」

そう演説するのは、この組織のボスの大山颯人である。


「もはやこの国を変革する方法は武力行使しかない」

と言った大山に対して、最若手の川崎次郎がその通りだ、と声をあげた。目元は細く口角が常に下がっているこの男は、この世の何事をも信じていないような目つきをしている。


次郎は貧しい家に育ち、両親は自分たちの生活のことで頭がいっぱいで、愛情を注がれることもなかった。卑屈な性格に育った彼は学校では嫌がらせを受け、それもあり誰とも口を利かないようにしていた。

「こんな世界は間違っている。正されなければいけない」

それが彼の信念であり、それを果たすために組織に加入した。それが2年前のことであり、現在24歳にして幹部の1人にまでなっている。


武力行使は3日後に決まった。標的となるのは政府の大臣たちと癒着の強い隣町である。ここの住民を人質に取ることで政府に対して政治的要求をする。その手始めとして次郎が適当なマンションを選んで爆弾を仕掛けて爆発させ、街の住民たちに衝撃を与えたうえで、組織の全員が街に乗り込むという手はずであった。


帰り道で次郎は、組織での歴は同じくらいで2つ歳上の吉沢と2人になった。吉沢はこの組織では珍しく武力行使反対派である。今回の計画にも反対の意向を示していた。


「この国では民主主義が機能している。革命をやるというのなら言論をもって果たされるべきではないか」

吉沢は、次郎とは相容れない自分の意見をぶつけた。

「民主主義というやつがこれまで何かを解決してきたか。分からず屋が集まって話し合ったところで何を変えられるというんだ。力の強いリーダーが強引にでも国を引っ張っていくに限る」

「そのためなら住民が犠牲になってもいいというんだな?」

「そうだ。多少の犠牲はやむを得ない」

「国民を助けると立ち上がった革命組織が、そのために国民を殺すのか。馬鹿げている話だと思うがね」

「いい加減にしないか。そんな綺麗事でこの国を変えられると思うな」

次郎は顔を真っ赤にして吉沢の方を睨みつけた。結局この議論は平行線のままで終わった。


3日後、次郎は標的とするマンションに入り爆弾を設置する作業に入った。爆弾は合計で5個設置する。次郎が離れてから2時間後に爆発するようにセットして、その時になればこのマンションは土台から崩壊するだろう。マンションに住む約30名は犠牲になるが、それも革命のためである。今自分の行動からこの国の変革がスタートすると思うと、次郎は速まる鼓動を抑えられなかった。


1つ目の爆弾は屋上に仕掛けるつもりだった。だがこの時に次郎は操作を誤り、自分の目の前で爆弾を爆発させてしまった。すさまじい轟音とともに火の手が上がった。住人たちは大騒ぎとなり、急いで消防車が駆けつけたことですぐに鎮火された。屋上付近の部屋に住んでいた住人はいなかったため、被害に遭ったのは爆弾を仕掛けた当事者である次郎だけであった。


次郎が目を覚ますと部屋の中で布団に寝かされていた。起き上がろうとすると激痛が走る。どうやら自分は死なずにすんだようだ、次郎は安堵するとともに、ここがどこかと訝しんだ。すると、

「安静にしとかないとだめよ。今ご飯を作ってあげるから」

と声をかける者があった。このマンションの一室に住む世帯の母親であるらしい。どうやら自分は意識不明の中で助け出され、ここで看病を受けているらしいということを知った。


次郎は仲間たちに連絡をする必要があった。爆弾を仕掛けたらすぐに連絡しなければならなかったがそれも叶わず、せめてこの結果になったことを急いで報告しなければならない。だが携帯は爆発とともに燃えてなくなり、連絡手段は閉ざされている。自分の体が動くようになったらアジトに戻って報告するしかない状況である。


また自分の正体と目的をこの一家に知られてはならなかった。どうやら爆発の原因は不明とされているようだ。自分が口を割らなければ、仕掛けた爆弾が爆発したなどという事実はばれるはずがない。


一方アジトでは次郎からの連絡を待っていた。中には連絡を待たずに街に乗り込み計画を実行しようと主張する者もいたが、大山は次郎の安否を確認してからだとそれを退けた。


次郎は3週間ほどこの一家のもとで安静に過ごした。両親と子どもが2人で合計4人の所帯である。全員が次郎のことを気にかけ、ご飯をくれて話し相手になってくれた。まさか目の前の男が、自分たちを殺すことで革命を起こそうとしていたなど知る由もなかった。


やがて次郎の中に、これまで抱いたことのない感情が芽生えてきた。彼はこれまで家族にも愛されず、他人には心を開かないことで世を渡ってきた。世間や他人とは壊すべき対象であり、愛や助け合いなど幻想にすぎないと信じていた。だが目の前の人たちはその前提を突き崩すように、見ず知らずの男を助け、世話を焼いてくれている。


体が完治して次郎はアジトに戻ることになった。その時に次郎は、自ら黙っていようと決めていたことに触れた。

「なぜ僕があんなことになったのか、気にはならないのですか」

「さあね。考えたこともなかったね」

そう言ってここの母親は、それ以上に詮索もしてこなかった。次郎は涙をぐっとこらえた。自分はこんな人たちを殺そうとしていたのか、革命のためならそれは許されるというのはあまりに傲慢ではないか、これまでの自分の信念が音を立てて崩れていくのを感じた。いっそここで自分がやろうとしていたことを告げて謝ろうかとさえ思った。だがそれを口に出す勇気は出なかった。自分の身が危うくなることよりも、自分を助けてくれたこの人たちの中でだけは善人でいたいという意識が働いたのである。


次郎はアジトに戻り、大山に事情を説明した。大山は

「計画は変わらずだ。再びそのマンションに爆弾を仕掛ける。今度はしくじるなよ」

と冷淡な声で告げた。

「あのマンションはやめてください。僕を助けてくれた家族がいるんです」

大山は次郎の目を覗き込むようにして

「それが何だ?まさか情でも湧いたのか?」

と迫るように言った。

「こんなことに意味があるんですか?名もなき人たちを犠牲にしてまで果たさなければいけないことなんですか?」

次郎は大山の目を睨みつけてついにそう言い放った。

「正気か?一体怪我してる間に何があってそんな腑抜けになったんだ?」

「あの家族がいなければ僕はこの世にいなかったんだ。そんな人たちを僕はあと少しで殺すところだった」

「ならばお前は計画に参加するな。いずれにせよそのマンションを標的にするしその家族にも犠牲になってもらう。お前を助ける過程で何らかの秘密を知ったかもしれない。俺たち組織からしたら都合が悪いからな」

「ふざけるな。そんなことさせるものか」


すると一人の男が銃口を次郎の方へ向けた。

「おい調子に乗りすぎだ。ボスに向かって何だその態度は。そんな家族が死のうが生きようがどっちだっていいってものだろう」

次郎は追い込まれた。今前言を撤回すれば許してもらえるかもしれない。だがそんな気は起きなかった。この組織に対して愛想が尽きてしまったのである。3週間ともに過ごしただけの家族のために、2年忠誠を誓った組織を簡単に裏切る決心がついたのは、自分でも不思議であった。


次郎は瞬時に後ろに掛けてあった銃を掴んでその男に向けて発砲した。その男がうずくまるとともに、全員が次郎に銃口を向けようとしたが、次郎のスピードには叶わなかった。次郎は自分の銃を乱射して全員をなぎ倒していった。大山をはじめ全員が死んだかに思われたが、唯一部屋の隅にいた吉沢にだけは弾が当たらなかった。

次郎は弾が残っていたにも関わらず彼にだけは発砲しなかった。その直後、次郎は腹を押さえて倒れ込んだ。大山たちの発砲した弾が何発か当たっていたのである。


「大丈夫か」

吉沢は次郎を抱きかかえた。

「お前の言う事を素直に聞いていればよかった。名も無き人々を殺すことで成り立つ革命になんて意味がない。彼ら彼女らこそ国を作る人々なのだ。歴史とはあの人たちが築くものだ。一部の人間だけが築くものではない。僕は思い上がっていた。お前が言っていたことの意味が今になってやっと分かるよ」

「もうしゃべるな。絶対に助けてやる」

「もう駄目だ。僕は助からない。これが誰にも心を許さず、誰かを傷つけることでしか自分の理想を追えなかった男の末路なんだ」

「それでもお前は変われたじゃないか。これから2人で言論の力で国を変えよう。きっとできるさ」

吉沢の目には涙が流れていた。

「それはお前一人の手で叶えてくれ。俺の分までな」

そう言って次郎は力尽きた。その顔は微かに笑みを含んでいて、吉沢には次郎のここまで幸せそうな表情は、これまで見たことがないように思えた。

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