第8話 目的を探す旅
大人になった十八から過ごしてきた大都市インフィニートから出ると補整された道が続く。
町には魔物を寄せ付けない防護結界魔法が張られていて平和だ。
魔法暦では魔法生物と呼ばれてきた人間以外の生き物たち。いまでは、討伐対象を総じて“魔物”と呼んでいる。
「街の外へ出たのも数年ぶりだ……」
「そうか。お前が追っていた白の魔女は、大都市に現れるからな」
「ああ……初めてアイツを見たとき。俺が始末するって思ったんだけどな……」
「魔女の魔法については分からないが、書かれていた内容を解釈するなら。魔女を殺せ。白の魔女を含め、現存しているのは三体だ」
サフィールが所属している死刑執行者は各地に転々としていた。
それもあって、拠点を移動することなくインフィニートで白の魔女専属とすら呼ばれ始めていた矢先だった。
横を歩くルベウスがおもむろにローブの胸元から取り出したのは魔法新聞。見開きは勿論、ページを開くと文字や映像が動き出す魔法のインクが使われている。
その中で未だにサフィールの居なくなったことは話題に上がっていたが、他にも小さな文字で新たな魔導院の動きに関する記事もあった。ただ、白の魔女も消えたことで、また別な噂が立ち始めている。
ちょうど道なりに横を通り過ぎる魔導師の男たちへ耳を傾けた。
「なぁ、あの噂って本当かな?」
「いやいや、さすがに“男の魔女”はあり得なくね? 厄災もないし」
「でも、白の魔女も現れなくなったから、俺たちも街に来られたわけだし――」
街へ向かう身なりの良さそうな魔導師たちの言葉で、サフィールはフードを目深に被る。
大都市インフィニートは、白の魔女が誕生してから人の行き来が激しい。街に住んでいる者は、ほとんどが地元民か、拠点を移せない者ばかりだった。
崩壊と再生を繰り返していた時代が約五百年――。
白の魔女と互角に渡り合えるサフィールは貴重な人材だった。
「それにも関わらず、何かあったからって始末しようとするのはどうかと思うわ!」
「あのときは冷静さを欠いていたが、いま思うと……試されたのかもしれない」
「話を聞いていて一利ある。白の魔女は神出鬼没だ。数ヶ月姿を見せないなど良くある話」
「……男の魔女って噂は笑えないな。他の魔女か――」
現存している魔女は白の魔女を入れて三体。
他のニ体は白の魔女とは違って各地を転々としていて、別な意味で神出鬼没だった。
魔法界では基本的に四大属性と呼ばれる魔法が扱える。火、水、風、土だ。
そして一部の魔導師だけが扱える光、属性のない魔法を総称した無の六つ。他は派生属性と呼ばれた。
その中で二体は火、水を得意とする魔女。
しかも、派生系である炎、氷を手足のよう自由自在に操り町や村を破壊して多くの魔導師を殺している。
「炎を操る赤の魔女。氷を操る青の魔女……最近、現れたって情報は持っているか?」
「ああ、暇な一人旅。趣味みたいになっていた」
「うわー⁉ 凄いんだけど! えっ、この地図……自作じゃない⁉」
魔法新聞をしまうのと同時に、今度は明らかに古めかしい魔法紙が現れる。地図だというルベウスが見せてきてすぐ、サフィールにしか視えていないネフリティスが勝手に覗き込んで叫んだ。
達筆な文字に、三つの色で細かく記された場所が並ぶ。
ネフリティスがいうように地図も自作だ。基本的に魔導師は一つの場所で研究や仕事をこなし、拠点を移動しない。だから地図はないに等しかった。
「……凄いな。本当に趣味の域か?」
「竜人族は長命だ。お前たち人間とは規格外な存在」
「まぁ、そう言われると何も言えないが……。一番新しくて数日前に一つ先の町か」
「ああ、インフィニートへ来る道中で立ち寄ったが、悲惨だった。初めの頃と比べたら、被害は半々といったところだ」
白の魔女が現れた約五百年前から魔導隊が本格的に軌道に乗り始めて、魔女が現れ出した千年前と比べたら被害は半分以下まで減っている。
サフィールが所属する死刑執行者も、その頃から再び本格始動したらしい。
次の町まで距離がないため道を歩く魔導師とすれ違う。距離の遠い町だと、魔導師なら魔法の箒を使って空を飛んでいた。
だが、サフィールは魔法が使えない。移動手段について悩むサフィールは気がつくと次の町へ到着していた。
「まぁ、なんとかなるんじゃない? 竜人のルベウスに運んでもらうとか!」
「――絶対にない。それから、竜人は人間の前で本体は晒さないぞ」
「なんの話だ? 疲れたなら言え。貧弱な人間の魔導師だ。魔法に頼っていたら体力もないだろう」
「おま……言いたい放題だな。これだから分かり合えないんだ」
「ぷくくっ……! また素が出てるわよー? 仕事モードなの? わたしはもっと素を出してほしいなー」
無表情で煽ってくるルベウスと笑うネフリティスに挟まれたサフィールはため息を吐く。
魔女たちはなぜか同じ町を襲わない。そこに住む人間を根絶やしにしようという考えはないのか、自由であって行動原理は分からなかった。
隣町を襲ったのは赤の魔女。炎による厄災は一番町への被害が大きい。
そのため、魔導院からも多くの魔導隊が派遣されているはずだ。隣町までは徒歩で半日くらいの距離がある。
その距離なら魔法の箒を使わず魔導師たちは空を飛んでいた。どちらにしても、魔法が使えない時点で明らかに怪しまれるため、夜までこの町でやり過ごすことが決まる。
「別に、いまでも魔力を持っていない人間もいるんじゃないのー?」
「旅の基本は怪しまれないことだ。ローブを着ている時点で魔導師だと思われるだろうしな」
「お前は魔法を使えないから獲物が魔導銃なのか? そんな細腕でも使える便利な魔導具だ」
「……細腕は余計だ。俺の相棒にも失礼だぞ」
ローブをひるがえし、腰のベルトから取り出したのは、先ほどルベウスに銃口を向けた黒い魔導銃だ。
魔導銃を持つ魔導師もまだ見たことはない。ただ、オブシディアンで出来た黒い魔導銃を持っているのは、サフィールだけだろう。
「――良い武器だ。脆弱な人間にしては」
「……おい、さっきから言葉が辛辣になってきてないか?」
「ぷくくっ……遊ばれてるんじゃない? 最初と比べたら警戒心も薄れてるしね!」
ネフリティスに言われて目を見張るサフィールは、再びルベウスの緩んだ顔が目に入った。
――完全に遊ばれている。
しばらく無言のまま、昼食や隣町の情報を得るため酒場を探すことにした。