第72話 肉体と魂の整合性
ラルカの首根っこを掴んで先ほどと同じ攻撃を間一髪躱した。目の前にいる男は攻撃に気づいていながら逃げる気がさらさらない。
そして聞いてもいないことを一人で勝手にブツブツと語りだす。
「……きっと、魂がまだ肉体と融合出来ていないんだ……なんであれ時間がかかるのは仕方ない……だから、今はまだ魂がない状態の動き……」
「……こいつ、狂ってる」
先ほどまでと違ってサフィールの声が届いていないラルカは恍惚した表情で笑っていた。サフィールは、再び放たれる魔法を避ける。
魔女に敵と認識されているサフィールへ狙いを定めているが、一撃の重い魔法で被害は広がっていた。
「フロワ……! 俺の援護はいいから、倒れている魔導隊員を連れて魔導院支部に行ってくれ!」
「ですが、それでは強化魔法が切れてしまいます」
「俺も魔女の端くれだ。なんとかする!」
どこで何が起きているかの騒動を知らない魔導院は混乱しているはず。一瞬だけ躊躇したフロワは「ご武運を」と再度魔法を重ねがけして走っていった。
まだ魂が肉体に融合していないならと、攻撃を避けながらサフィールも声を張る。
「ネフリティス! お前の魔力で脱出するんだ!」
今の状態で人を殺したら、ネフリティスが責任を感じるはずだ。それだけ彼女はサフィールと違う世界を生きてきた。
白の魔女は無反応に攻撃を繰り返すことで、周辺は粉々になった家屋や火元も上がっている。
初めからこの街には限られた人間しかいなかったことで、まだ人害はない。
迷っている暇はなかった。
覚悟を決めたサフィールがニルの込めた特大の魔法を放つ。
〝黒い魔弾〟が白の魔女目掛けて飛んでいった。
当然、防護結界魔法で防がれた魔弾はすべてを凍りつかせる〝絶対零度〟。視認出来る結界は白の魔女を囲むように展開されていた。
そして、躊躇なくもう一弾を放つ。
「――起きろ、ネフリティス! 両親のために成仏するって決めたんだろう!」
その瞬間、白の魔女の追撃が止んだ。直後に魔弾が凍り付いた結界へ触れる。
それは体感で数秒のことだったが、遅回しの映像みたいに激しい爆発音と共に防護結界魔法の割れる音が周囲へ響いた。
沈黙した白の魔女と視線が重なった直後、徐ろに上を向いた厄災は再び奇声を上げる。
そして、異変は白の魔女だけではなかった。
「うっ……胸が――」
急に感じる胸の痛みで膝をつくサフィールは、尋常でないほどの脂汗を滴らせる。魔女の奇声で当然ニルたちも異変へ気づいているだろうが、本気で殺しに来ているグランツを相手に余裕はない。
片手で胸板を押さえながら正面を向く。そこで身体的にも変化しようとしている白の魔女が視界へ映った。
そして、その瞬間。電撃が走る。加えて、周囲を焦がすほどの巨大な白い光が白の魔女を覆い尽くすほどに生成された。
「――避けたら、周囲が吹き飛ぶ……」
頭上からニルたちの声が聞こえる。言っている言葉は理解できて、しっかり聞こえていた。
「「――逃げろ!」」
島の半壊は免れないほど膨れ上がった巨大な球体。いつの間にか痛みから解放されたサフィールは体を揺らしながら立ち上がる。
二丁の魔導銃から魔弾を放ったとして既に数発撃っている相棒が残り二発。一度も使っていない白金の魔導銃は六発の合計八発だ。
なぜか力が漲るような感覚に視線を下へ向ける。そして周囲へ顔を上げた瞬間、今まで見えていなかった――見えていた景色があった。
「――魔力が、視える……」
白の魔女が放とうとしている巨大な魔法以外に周囲の家屋から感じられる魔力。魔女の攻撃が迫る中、思わず後ろへ振り返ると半壊を免れない島からも無数の魔力を感じられた。
自分の後ろには複数の命がいる――。
「……ネフリティスが悲しむ」
一瞬だけ攻撃が止んだあのとき、確かに彼女を感じた。ネフリティスも必死に抗っているのだとしたら、サフィールのやることは一つだけ……。
「サフィール!」
「青玉の君!」
――受け止めてやる。
どこからともなく音が聞こえてきた。鎮魂歌のような歌声……それは放たれた魔法の先から聞こえてくる。
巨大な光はサフィールの視界を白く染めた。地面を削り取る音。家屋を消し去る音がして、あと一歩まで迫る中、サフィールは笑った。
「その鎮魂歌は誰の意志だ? ……ネフリティス、俺と一緒に戦ってくれ――」
魔導銃を腰のベルトに戻したサフィールは両手を前に出して最大出力で魔法を唱える。
魔弾のように撃ち出された黒い光線が光の中心を貫通した。一見すると無謀すぎるように見える魔法は一瞬で周囲を黒く染め上げる。
それは闇が覆い尽くしたわけではなく、いつの間にか夜になっていただけだった。
時間が止まったようにニルたちも空中で浮いたまま動かなくなっている。
迫っていた脅威は一瞬のうちに消えてしまったのだ。サフィールの魔法によって――。
「――攻撃は最大の防御って言うだろう?」




