第71話 容れ物
奇声にラルカ以外の全員が耳を押さえた。しかし、白の魔女に起きた変化はこれだけではない。
白の魔女が言葉を話せるのは周知の事実。だが、明らかに何かが違った。
『――白の魔女を殺して。世界の厄災から、魔導士を守るために』
「――ペルルなのか……?」
歴史の中で忘れられたペルル・プリエールという天才の女魔導士……。
ネフリティスの魂を入れたことで、変化が起きたのは言うまでもない。そして、それは肉体に残る魂へ刻まれた記憶が魔女の口を通して言葉として紡がれた。
しかし、それはほんの一瞬のこと。再び口を閉ざした白の魔女が淡く光りだした瞬間、今度はグランツに異変が起きる。
すぐに気づいたのは相棒のフロワだった。共鳴するようにグランツの体も光りだす。
「――グランツ様!」
「うぐっ……頭が、割れそうだ……」
二人も異変に気づいたとき、白の魔女の腕が前方へ伸ばされた。サフィールたちより後方にいるグランツを指さしている。
「フロワ嬢……僕から、離れて……」
「どういうことだ……まさか、黒幕か」
「そのまさかだろうね」
指をさしたまま白の魔女の口が再び動いた。
『――妖精族よ、魔力生命樹から生まれし魔法生物として、身命を賭しなさい』
隠すことなく、その名を口にする白の魔女は眷属としてグランツの体を奪ったのだ。
すべての魔法生物が魔力生命樹から生まれたと言われている。それは、エルフであるグランツも同じ――。
理性を持ったまま体を奪われる屈辱。かろうじて口だけは自分の意志で動かせるようで、諦めたような声が聞こえてきた。
「ハァ……まさか、魔女を生み出していた黒幕が魔力生命樹だったなんてね。これは、魔法生物である僕らは逆らえない」
「残念な造りをしているものだなァ? 魔法生物さんは。黒幕の予想はついていたけど、まさか〝操り人形〟まで想定してなかったぜ」
これ見よがしとばかりに、上から目線のニルはわざとらしくグランツを鼻で笑っている。サフィールとニルは黒幕に勘付いていたが、これは想定外だった。
ただでさえネフリティスの現状が分からず笑っていられない状況なのにグランツまで。
動揺するサフィールたちをよそに、ラルカは白の魔女の動きを祈るような姿で熱い視線を送っていた。
白の魔女との距離は先頭にいるサフィールとニルでも約十メートル。背を向けられない状況で、ニルはグランツの方を向いた。
「仕方ねぇなァ……コイツはオレが受け持ってやる。実は一度鼻を明かせてやりたいって思ってたんだ」
「なっ……黒の不変、貴様……。良いだろう……僕の体は止められない。望み通り、真剣勝負と行こうか」
勝手に二人で決めたことを魔力生命樹も良しとしたのか、固まったように動かなかった体がニルへ向く。
「……人間に近い魔法生物が、今まで魔女へ興味を示さなかった理由は魔力生命樹の陰謀か……」
最初はなんの疑問も持たなかったことが、すべてを魔力生命樹に当てはまることで線と線が繋がっていった。
一触即発の二人へ視線を向けた直後、ニルの焦った声が飛ぶ。
「サフィール! 前を見ろ!」
振り返った瞬間、視界が真っ白く染まった。
魔女の攻撃は通常の魔法で防ぐことは疎か相殺させることも出来ない。
振れる視界が戻ると、誰かの温もりを感じて横を向いた。
「……フロワ!」
「――大丈夫ですか。間一髪でした……」
フロワ自身も怪我はしていないようで、ホッとしてから横を見て息を呑む。地面を抉ったような半円がずっと先まで続いていた。
白の魔女へ向き直って伸ばしていた手から放たれたものだと分かる。そして、頭上から激しい音が聞こえてきて体勢を立て直しながら覗き見た。
ニルたちも心配する暇なく激しい空中戦が勃発していた。
「ハッ……羨ましい戦い方だな」
昔は空を支配した魔導士なんて呼ばれたこともあったサフィールだったが、現在は地に足をつけて魔導銃を握っている。
「グランツ様のことはあの男に任せます。指示を下さい。私は貴方の支援をします」
「頼む。それじゃあ、身体強化の魔法をかけてくれ。あとは、後方支援で――あいつを捕まえる!」
「了解です」
身体強化魔法をかけられたことで素早くなったサフィールも白の魔女と距離を縮めた。
魔導銃を前方へ向けると一発を放つ。しかし、その魔弾は白の魔女から背後へ向かって曲がった。
白の魔女からかろうじて見えるラルカの口はブツブツと何かを呟いている。その姿は以前も魔法人形を語るときに見た特有の早口だ。
「……なんでぼくのことを見ない。こんなにも愛おしいのに言葉が通じないなんてありえな――」
ラルカのゴーグルのような特徴的な眼鏡に当たって眩しい光が周囲を覆い尽くす。サフィールが放った魔弾は閃光弾だった。
「うっ……な、に……」
眼鏡越しでも強い光を浴びたことで足がもつれるラルカの襟首を掴んで白の魔女から距離を取る。
「おい、ネフリティスを元に戻せ!」
目を閉じたまま開けられないラルカは狂ったように笑った。
「……ぼくだって初めての試みだったんだ。キミの魂でも、成功率は五十パーセント以下……解除方法なんて、考えているわけないだろう」
「外道が!」
投げ捨てるように手を離した直後、後方支援のフロワの危険を知らせる声が飛ぶ。
「サフィール様! 正面です!」




