第69話 囚われの人形
「やぁ、お邪魔虫くん。以前から、とーっても不快極まりなかったんだよね……。魔女様のように不死者であって、人間みたいに生きている君が」
「ふーん? オレは寛大だからなァ……それは褒め言葉として受け取ってやるよ」
手にしている人形は以前と異なる魔力を帯びていた。それは、魔力を感じられなくなったサフィールにも禍々しい氣を感じられるほど……。
相変わらず強気なニルは相手の動きを探っているようで捲し立てる。
「その人形は破壊させてもらう――破滅の序章」
「ふはっ。分かってないなぁ……この人形はただの人形じゃないんだよ?」
初めて見たときから作り物にしては人毛のような、人工ではない艶や靭やかさが感じられた。
肌感や目は完全に作り物だ。その髪が一体誰のものなのか、それはすぐに判明する。
一直線に放たれた黒い閃光が人形の顔面へ直撃した。反動でラルカの足が後ろへ動いたにも関わらず、当の本人は薄気味悪く笑っている。
そして、その理由は考えたら分かることだった――。
「ハハッ……まさか、その白い髪。白の魔女の人毛……落し物ってか」
「なっ……! 〝魔女の落し物〟……」
魔導暦となってから約千年。誰も魔女自身を研究しようと思わなかったことで、現在も未知数なことばかりで溢れている。それが、ラルカの異常な研究によって危険なことが判明した。
魔女の落し物はすべて、〝魔女の魔力を宿している〟――。
「それでは、早速ですが……魔女様のために、生贄を捧げます――二分封魂」
「サフィール!」
呪文を合図に人形の白髪が強い力で後ろへ流れ、神々しいほどの光で包まれた。そして、ネフリティスと同じく青白い色をした巨大な二つの手が襲いかかる。
なぜか金縛りのように動けなくなるサフィールは、同時に『天空花』で感じた時と似た体が引っ張られる感覚に襲われた。
「なんだ……体から、何かが抜け出るような」
サフィールの異変にいち早く気づいたのはネフリティスだった。
「ダメェェェ‼」
牽制しようとしたニルをすり抜けた両手はサフィールの前へ飛び出したネフリティスを捕まえる。
「なっ……!」
「えっ――」
これには当のラルカも驚いた顔をしていた。但し、霊体のような二本の手はそのままネフリティスを引き寄せる。
「待て! ネフリティス!」
「――サフィール……!」
最後にサフィールの名前を呼んだ直後、ネフリティスの魂は白髪の人形へ吸い込まれるように消えていった。
愕然とするサフィールとニルをよそに、笑い出すラルカは光が収まった人形を持ったまま走り出す。
「仕方ない、成功するか分からないけど試してみよう」
「……待て! ネフリティス!」
魔法の力が失われたのか、金縛りの解けたサフィールも追いかけて走り出した。出遅れるニルも二人分の速度超過魔法をかける。
当然、ラルカも同じ魔法を使っていて距離は縮まらない。加えて、魔導具師ならではの方法で邪魔される。
「僕の作った魔導具を存分に味わってほしいな」
大事そうにネフリティスの魂が入った人形を抱えたまま、反対の手から小さな玉状の何かをばら撒いた。
手を横に出して制止するニルは風魔法でそれを遠ざける。だが、風に舞いながら魔弾ほどの玉は奇怪な音をさせて二つに割れた。
「なっ……」
丸いものは魔物の種子だったようで、中から飛び出したのは緑色の太い蔓と花の代わりに動物の顔をした歪な姿だった。
「……こんなの、魔導具の範疇を超えているだろう」
「ああ、まったく……趣味が悪い野郎だなァ」
動物の目からは血の涙が流れている。本当に趣味が悪い……。
ただ、これは動物と植物の魔物を掛け合わせたわけではなく、見た目だけの紛い物。
「オレが相手をするから先に行け!」
「……くっ……任せた!」
途中も嫌がらせ程度の魔導具を魔導銃で撃ち払い、見失ったラルカが向かうだろう魔女の刻印のある場所へ走った。
途中で魔導院として稼働している宮廷から出てきた男女二人組の横を通り過ぎる。
「――青玉の君!」
無我夢中だったサフィールは呼び止められてグランツとフロワだったことに気づいて足を止めた。
「グランツ! 今は時間が惜しい! 二人共、俺についてきてくれ」
「えっ……どうかしたのですか」
再び走り出すサフィールに後ろからフロワの質問が飛ぶ。グランツは他の二人がいないことで、異変を感じ取ったのか無言だ。
走っている道なりにフロワも理解した様子で、たどり着いた先に地面へ突っ伏している魔導隊員の姿が見えてくる。
その中心部で、白の魔女の刻印に膝を立てているラルカが目に入った。
「ネフリティス!」
「えっ……?」
「ど、どういうことですか⁉」
そして、両手に握ったネフリティスの入った人形を空へ掲げている。




