第68話 深淵の中で閉ざされた想い
ついて来いとばかりに詳細を話さず歩き出したニルの後ろから凝視するネフリティスがいる。
白の魔女が憧れのペルルだと知って衝撃を受け、意気消沈していたネフリティスも自分で真相を知りたいと意気込んでいた。
連れられるまま歩く道中で見渡した町並みは、どこも同じに感じられる。白一色に同じ建物だからか、時間が止まったようにすら思えた。
目立っているのは、この都市を管理するため新たに作られた宮殿と、浮き上がる前からあった柱時計だけ。
しかも、柱時計はある時間を刻んだまま止まっている。
「よし、着いた」
急に足を止めるニルの横へ立ったサフィールは目を見開いた。二人の間から顔を覗かせたネフリティスも言葉を失ったように両手で口を押さえている。
五人の魔導隊員が周囲を囲み厳重体制となっている地面に描かれた絵や文字。三度目になる魔女の刻印――。
つまり、此処で“白の魔女”は生まれたという証だ。
白の魔女が生まれた瞬間を見たのだから、この場所へ来るのは分かっていた。きっと観光と言っていたグランツも連れてこようとしたはず。
いまのサフィールは休職扱いであり、仲間から狙われている可能性もあって魔女の刻印に近づけない。怪しまれないよう少し遠くから眺めながら、ニルが指さした。
「まぁ、見ての通り。あそこで白の魔女は生まれたんだけど……。オレが気づいたときには、ペルル・プリエールが魔女を殺し終えて器が第二の魔女を誕生させた瞬間だった」
ニルの見た光景は、殺した魔女から黒い靄が出てきてペルルを覆い尽くし、白の魔女へ変化したところだったらしい。
近くには例の相棒もいて、言葉を発する間もなく絶命したと言う……。それが、例の魔法【物語】の発動によるものだと推測できた。
「しかも、男の死体すら残らなかった。証拠隠滅ってやつかは、分からないけどなァ」
「……ペルルは自分が魔女になる可能性も考えていたはずだ。だから、そんな魔法を生み出した……。でも、どうして正義感の溢れる彼女が危険を冒したのか……」
「――当時は魔女を殺せるだけの魔導師がいなかったのよ! だけど、魔女は増える一方で……自分が魔女になることで、何かしたかった……とか!」
願望を口にするネフリティスは、頭を押さえて考える仕草をしている。
事実として、白の魔女誕生から魔女は増えていない。寧ろ、数百年の間に少しずつ減っていき、サフィールの時代では二体始末した。そして、残った魔女の二体も殺している。ペルルの実験は、魔女から魔導師を救うこと。
問題は、魔女が減ると残りの養分になることだった。それも、サフィールを魔女に変えたことで残すは白の魔女だけ――。
「他に、何か気づいた点はなかったのか?」
「うーん……。ああ、確か……器が魔女を作るまで時差みたいなものは感じたなぁ」
「体感は?」
「んー……五分くらい?」
五分の間に魔法を構築したのかは分からない。ネフリティスの両親に聞いた話だと、魔力熱を考慮しない場合の時間は多くなさそうだった。
それに、ネフリティス本人は記憶を失っている。未熟な魔導師と比べたら、ペルルは女魔導師最強と謳われていた実力者だ。
加えて、魔女を殺して魔女になった例がなくて分からないこと。
そして、白の魔女の誕生と同時にエリュシオンは空へ浮かび上がる。それから約五百年の間、同じ空の上で留まっていた。
そのあと、白の魔女が暴れまわって街の殆どを瓦礫と化したらしい――。
ある意味でニルは生き証人とも言える。ただ、他に重要そうな話はなかった。
サフィールたちは初めて訪れたことに変わりなく、独自の目線で白の魔女の痕跡を探しつつ最初に話していた「観光しなきゃ損でしょ!?」と強引なネフリティスの声掛けで噴水広場へ向かっている。
噴水広場へ足を運ぶと近くに壊れた石像が佇んでいた。見るからに古く、原型を留めていない。
「――これ、もしかして……ペルル?」
「そんなわけないだろう。ペルルの生まれた町は、この町と隣り合っていたって言っても……そこまで何かを成し遂げたわけじゃない」
この天空都市はペルルの生まれた町から離れているが、隣の街であり三大都市の一つだ。
観光客のいない閉鎖的な街のため、近くにいた魔導隊員を捕まえる。少し怪しまれたが、グランツの名前を出したらすぐに話してくれた。但し、何も分からないということだった。
「むむ……使えないわね」
「まぁ、オレが来たときも同じだったからなぁ……。白の魔女が暴れまわって破壊された後だった」
「お前は白の魔女が暴れまわってたとき、何もしなかったのか?」
普段から表情を読みづらい男は、口を噤んで目が曇ったように感じる。
バツが悪そうに頭を掻いたあと、度々見せたような冷たい視線を向けてきた。
「前にも言ったけど、オレはオマエたちに会うまで他人への興味が失せてたんだよ。だから、傍観者以外の何者でもない」
「……そうか」
この男は魔女に蹂躙されていく街の人間すら興味がなかったらしい。元殺人犯の片鱗を垣間見た気がして、ネフリティスの警戒心も増したのか後ろへ隠れている。
そのあと、話題を変えるように再びネフリティスの先導で街の外れまで歩いてきた。
そこには建物がない代わり【天空花】が咲き乱れていて、中心部には割れた石像と違った石碑を見つける。
ゆっくり近づいていくと古いものだが、文字は読めて多くの名前が刻まれていた。
「これは……」
「あー、それは白の魔女に挑んで死んでったヤツらの名前が彫られてる」
「え……こんなに」
前より感情が見えるようになったサフィールは複雑な表情になる。ただ、ニルは平然とした様子でネフリティスが引いていた。
なんの役目もない白い花に魅了されるサフィールは腰を落とすと軽く触れる。話のとおり、花弁は軽く引っ張っても取れず、根は大地のように張り付いて離れない。それでいて、どこか心を攫っていくような魅力を感じてしまう。
不意に肩を触れられ横を向いた。少しだけ腰を曲げたニルに、思い切り腕を掴んで立ち上がらされる。
「それに魅了されるな。なんの価値もない花が、無害とは限らないだろう?」
「あ……ああ。そうだな。どこか魂を引っ張られる感覚があった……」
「え!? それって危険じゃない! ちょっと、もう移動するわよ。わたしとニルは良いけど、サフィールは駄目なんだから」
どんどん母親気質へ変わっている気がするネフリティスの言葉で、再び街の中心部へ戻ってきたときだった。
なぜか異様に感じる空気で足が重くなる。視線の先には変わらない風景へ溶け込む笑顔の男が佇んでいた。
ふわりと風で靡く白髪に同色の大きな瞳。異様に感じたのは、男の腕に座る人形だ。すべて作り物だと分かる小さな姿が、サフィールを凝視しているような圧を感じる。
――予告の日は明日だ。
だけど、異常者が自分の発言を守る必要性はない。それに、目的がサフィールなら出会った瞬間、警戒される前に動くだろう。
「あ、み~つけたぁ。やっほー。元気してた? 僕の白の魔女へ捧げる生贄君――」
どこか雰囲気の違うラルカが手を振ってきた。警戒心もない温度差の違う相手に魔導銃へ手を添える。
戦慄が走る中、一番に反応してサフィールの前へ立ったのはニルだった。
「よぉ、奇遇だなァ? 魔導具師としてエリュシオンに来たのかァ? 異端者」
その瞬間、二人の間で冷たい空気が流れ始める――。
【お知らせ】
ご無沙汰しています。リアタイして下さる読者様、追いかけてくれている読者様、いたら嬉しいファンの皆様。いつも有難うございます!
最終章を書き始めて、日に日に思っていたことだったのですが……。最終回を良いものにしたい!と言う気持ちで、休載することを決めました。
楽しく読んで下さっている方がどれだけいるか分かりませんが、ブクマはそのままでお待ち頂けると嬉しいです。
期日は明確に言えませんが、完結まで書ききってから毎日連載で再開します。
お待たせしてしまいますが、引き続き応援して頂けると嬉しいです!宜しくお願いします。




