第7話 妖精族の男
明らかに人間の魔導師とは異なる鰭のような青く透き通った耳。下を向いて、地面にズシッとした長くて靭やかな巨大な尻尾まである男。
再び上に向き直り、背中まで伸びた髪と目は空色をしていて、後ろで三編みに結ばれていた。
女性の三編みとは違い、ロープのような細さから後ろ髪の量は少ないかもしれない。
不意打ちを食らった気分で腰に手を伸ばしたサフィールへ澄んだ低い声が届く。
「警戒しなくていい。取って食ったりはしない」
「ハッ……そんなこと、初対面で信じる奴が何人いると思っているんだ?」
「ねぇ……この人? 妖精族よね。明らかに竜人だし……」
男の容姿は魔法暦で魔法生物と呼ばれていた竜人族だった。
魔導暦になったいまでは、意思疎通が可能な魔法生物は『妖精族』と呼ばれている。
身なりからして旅人のような灰色のローブに、民族的な衣服を纏っていて武器らしい物は見えない。
ただ、竜人の武器と言ったら一般的に強靭な肉体や魔法だ。
魔法の使えないサフィールが油断できる相手じゃない。
「信じてもらえなくてもいい。だが、こちらに戦う意思はない」
「分かった……それなら、どうして俺の前に現れた?」
「魔導具店から出てきたのを見た。そして、貴様を見たとき――“魔女”を感じた」
魔女という言葉で目を見張るサフィールは添えたままの手に魔導銃を握る。
魔女は魔法界に住む生き物なら知っていて当然の存在。
だが、少し前に隠れ家を襲撃されたばかりなサフィールは気が立っていた。
街中で魔導銃を使うのはリスクしかない。ただ、サフィールの魔導銃はオブシディアンという特殊な魔法鉱物で出来ていて音がしない――大ごとになるとしたら、外した魔法の処理くらいである。
睨み合うこと数分。サフィールたちに興味を示すことなく横を歩いていくローブが真新しい魔導師の男二人組の小声が聞こえてくる。
「なぁ、あれなんだろうな?」
「ああ、魔導隊が言うには“魔女の痕跡”じゃないかって話だが、触れられなくて読めないんじゃな……」
ネフリティスが見えない魔導師の男二人は避けることなくすり抜けていった。
当のネフリティスは肩を抱きしめて小刻みに震えて髪の毛が猫のように逆立っている。
「ちょっと! 美少女に触れていくってどういうこと⁉」
「――自分で避けたら良いだろう。それより、いまの話……」
「誰かそこにいるのか? 我がお前に声をかけたのは、いまのが理由だ」
「……気にしなくていい。それより、どういうことだ」
ついてこいと言わんばかりに無言で歩きだす竜人の男を警戒したまま、魔導銃をしまって後ろからついていくと、大通りで人だかりが出来ている場所が見えてきた。
先ほどの男たちが言っていたように、二人の魔導隊が壁に張られた赤い紙のようなものを守っている。
サフィールは先ほどのことを考えて頭からフードを深く被った。ローブ自体、認識阻害の付与が施されているため、魔導隊であっても即座に気づくことはない。
「あれは……なんだ?」
「魔女の痕跡――我もそう思っている。だが、魔女は言葉を持たず、読み書きなど出来るとは思えない」
「確かにな……。それに、なんて書いてあるのか分からないんじゃ話にも――」
「えっ……わたし、あれ読めるんだけど⁉」
横で叫ぶネフリティスへ見向きもせず、サフィールも口を押さえていた。
まさかのサフィールにも書かれた文字が読める。
『ああ、無能で哀れな人間の魔導師たち……。種族繁栄のために、非魔導師と交わり魔力を薄めていく。数だけ増えても意味がない……世界の意志による裁きを――魔法を奪われた哀れな魔女に、祝福を……魔女を殺して』
「――魔女を殺して……待てよ。確か、俺に魔法をかけたときも――」
「……ん? おい、そこの男。いつの間に現れたんだ……。フードを目深に被って怪しい奴め」
「我の連れだ。小さな人間如きが、竜人族である我に歯向かおうと?」
「なっ……竜人族……なんでもない! とっとと立ち去れ」
竜人の男に助けられて呆気にとられるサフィールは、腕をつかまれ少し離れた場所で立ち止まった。
野次馬の話では一週間以上前から貼られていたのに、昨日まで誰も気づかなかったらしい。
「……感謝はしない」
フードを取り去るサフィールをオロオロした表情で心配するネフリティスの視線が刺さる。
「別に必要ない。我は、あれを解読させたかっただけだ」
「アンタは、何者なんだ? どうして魔女を探してる」
「魔女を探している、か。別に探してはいない。魔女を探しているのは貴様だ。我が探しているのは目的」
「……目的? その格好からして、旅人か?」
互いにまだ名前すら名乗っていない二人は、探り合っているようにしか見えない。
だが、先に音を上げたのはサフィールだった。
魔女のことを知っているようで知らなかったのだと気づかされた数日間。急に現れた竜人の男は、サフィールへ魔女を感じたと言った。
「ハァ……この間といい、魔女にされてから厄日でしかないな」
「ちょ、ちょっとー! もしかして、その中にわたしとの出会いも入ってるんじゃないでしょうね⁉」
「――入っているに決まっているだろう……」
「我にも見えない何者かと話をしているのも、魔女関連か。我に目的をくれるのなら、貴様に協力しよう」
思わず歪む表情のサフィールに一瞬だけ男の顔が緩む。
どこかで見覚えのある感覚を掻き消すように、無表情な男の片手が伸ばされた。
「我は、ルベウス。人間同士の挨拶はこうすると聞いた。我の知る限りで魔女のことを話そう」
「あ、ああ……俺はサフィール。俺もまだ目的がないんだが、あの紙に書かれていたことは暗に魔女へ関わることを指示しているように感じた……」
「……わたしには名乗らなかったくせにー! サフィールね! サフィール! 覚えたからね!」
「ただ、この街には居られないから……次の街まで歩きながら話そう」
握手など魔導隊へ入隊して以来だったことで戸惑いながらも手を握る。
反応したら面倒くさそうなのは目に見えていたため、ネフリティスを無視して街の出口へ歩き出した。