第66話 ペルルの真相
思わず硬直してしまっていたサフィールは、ペルルのことを話し出すニルの声で我に返ると耳を押さえる。
ネフリティスも真剣な表情で話を聞いていた。他の二人もいつの間にかベッドへ腰を下ろしている。サフィールも扉から近いベッドへ腰を下ろすと、ため息をついた。
――完全に遊ばれている。
自分のことはすべて話していたと思っていた男は曲者だ。
伊達に千年以上生きていないなと、笑いそうになる口元を押さえながらニルを凝視する。
「サフィールが気にしていたことだけどねぇ……。どうして白の魔女だけが、人間の言葉を語り、魔女の痕跡を残したのか。しかも、そっちは魔女にしか分からない……」
「……勿体ぶらずに話したらどうだ?」
「ククッ……サフィールはせっかちだなァ――女の子からモテないぜ?」
「……寝言は寝て言え」
二人の間に流れる異様な空気は感じ取っているだろうが、グランツは興味のない様子で聞いてこない。フロワについては知らない振りで、ネフリティスは単純に分かっていなくて首を傾げている。
ざっくり話を省いて、本題に入った。
魔法を知り尽くしていたら思い当たることだが、そんな人間は多くない。魔法を熱心に勉強していた天才で秀才だったサフィールも言われて気がついた。
ただ、知っているのは既存ではなく新たに魔法を生み出す方法だけ……。
「……まさか。【物語】なんて、創作魔法……聞いたことがないぞ」
「そりゃあ……本人が作り出したんだろうからねぇ?」
創作魔法は既存の魔法から派生させたものだ。大方、記録した言の葉を、記録箱のように封印して、場面展開で発動させる大型な魔法――。
「舞台はこの世界……。代償は自分の命、あるいは――」
「同価値な他人の命か……」
「……うそでしょ⁉ ペルルの命が魔女に奪われたなら、身近にいた命って――」
「話を聞く限り、ペルルと共に行動していた男の魔導師かな?」
あの手記から相棒以上の感情が見え隠れしていたのは気づいていた。ペルルが同じ感情を抱いていたかは分からない。
【物語】という創作魔法によってすべて計画されていたのなら、白の魔女が言う言葉はすべて物語っている。
『魔女を殺して』
その真意は、すべての魔女を殺すことで真相にたどり着く。
だが、他人の命を代償にした魔法は禁忌だ。創作魔法でも簡単に作れるものじゃない。
出来るとしたら一つだけ――。
「もしかして、光支援魔法……」
「【物語】って創作魔法は、攻撃魔法じゃなさそうだけど……まさか、人間が作り出した罪深い生命魔法なのかい?」
生命魔法と呼ばれるのは、光支援魔法に分類される加護魔法の上位だ。魔法歴で問題視されていて、いまでは使う者もいなくなった禁忌魔法の類を総称して呼ばれた闇魔法と同等の存在。
妖精族の中でも魔法に長けたエルフが罪深いと言うほど、生命魔法も禁忌と同一視されていた。
それほどまでして厄災から魔導師を守りたかったのかと感じたサフィールは視線を下へ向ける。
サフィールとは真逆な考え方を持っていたかもしれないペルルのしたことは正しかったか分からない。けれど、現に死者数は減っている……。
そして、彼女は厄災の魔女をも超えるサフィールが現れることを信じて未来に託した。
「……復讐なんて個人的な思想に囚われた俺が、魔女の毒薬になるなんてな……」
「そんなことない! サフィールは、両親が言っていたように優しいから!」
顔を上げると必死に訴えかけるネフリティスが眩しく見える。きっと、ネフリティスのような魔導師が本当の希望だ。
サフィールの道を照らしてきたのは、紛れもなく彼女である。
少し風に当たってくると言って部屋を出たサフィールは、談話室として設けられた広間へ向かった。いつもなら着いてくるネフリティスも自主的に留まって一人きり……。
ただ、これはサフィールが自分で一人になるよう仕向けたことだった。
談話室の横には尋問するために作られたような狭い個室がある。魔導飛空艇は魔導院関係者か、許可された魔導具師しか乗れない。だから、重要機密などを話す場所として設けられていると聞いていた。
誰もいないことを確認して扉を開けると、成人男性二人が入れる程度の簡易的な椅子に机しかない。明らかに長居する場所じゃなかった。
サフィールは中へ入ると扉を閉める際に細工する。これは、次に入れる人間を限定するものだ。
「……これで良い。ネフリティスには悪いことをしたな」
入ってから少しして扉の内側が淡い青色に光る。外から扉を開けられると、胡散臭い笑顔を張り付けたニルの姿があった。
「いやぁ、思った以上に狭いねぇ……。まぁ、オレが囚えられてた場所よりは広いか」
「……そんな狭い場所に何年もいたのかよ」
自分で語っておいて詳細を深く語らず笑って誤魔化すニルは扉を閉めて椅子に座る。
そして、おもむろに懐を漁るとサフィールが知りたがっていた一枚の絵が置かれた。
「オマエの言う通り、あの絵画はオレが描いて魔導院関係施設や、移動手段に置かせた」
「……あの絵の真意と目的はなんだ」
「あの絵は、魔女が厄災として現れて丁度白の魔女の現れた時代に、オレも真相を知っちゃったんだよねェ。実は、ペルル・プリエールが魔女になったとき、オレもそこにいた」
再び飛び出した思いがけない言葉に唖然とするサフィールは思い出す。偶然見つけたと言っていたニルは、最初から白の魔女を追っていて、その過程で魔導師としての才を見抜いたんだと。だから、こうなることを分かって絵を描いた。
この男がどうしてそこまでするのかは分からない。聞いても本音を話さないだろう。寧ろ、本人でも分かっていない可能性もあった。
考えるのを辞めたサフィールは、額に手を当てながらニルを睨みつける。
「真相って、魔女の後ろにいる正体のことか? それと、この絵……真ん中が空白の理由はなんだ」
「……そんなところかな。サフィールも薄々気づいているだろう? ああ……そこねェ。それは――自ずと分かる」
「おい……この期に及んで誤魔化すな」
「ククッ……自分で分かってこそ、真の力を発揮すると思わねェか? そろそろ時間切れみたいだぞ」
外から騒がしい声が聞こえていた。サフィールにしか聞こえないはずのネフリティスだ。再び面食らった顔をするサフィールと対照的に余裕な笑みを浮かべるニルの間へ割って入るよう壁をすり抜けてきたネフリティスが「二人とも此処にいたー‼」と叫ぶ。




