第64話 英雄ペルル・プリエール
グランツ経由で魔導隊員にラルカの話を聞くと、前の便で一人の魔導具師が搭乗していたことが分かった。特徴は覚えていないようで、それがラルカか分からない中、気晴らしと言ってネフリティスの案内で町を散策する。
ネフリティスが連れてきた場所には銅像が建っていた。どこか見覚えのある顔に頭を捻っていると、胸を張るネフリティスが銅像の前へ躍り出る。
「ふっふっふー……。なんと、ここは――ペルル・プリエールの生まれた町なのよ!」
何度となくネフリティスから聞いた女魔導師である、ペルル・プリエールの生まれた町らしい。男の中でも群を抜き、使える者が限られる極大魔法を扱えた大魔導師の一人で有名だった。加えて、初めて魔女を討伐して消息を絶ったことも、過去の記録に重要文献として残されている。
名前とともに魔導具で顔の記録も残されていたことを思い出した。銅像は整備されているように綺麗で、魔法によって風化も防がれているらしい。すべて説明し終わったネフリティスは満足顔で上空を飛び回る。
そんなときだった。急に真顔で降りてきたネフリティスが、一人の女を指さす。
「なんか、あの人……生気がないみたいに暗いけど、大丈夫かな」
「そんなの、魔女のせいでいつ平和な世界が壊れてもおかしくないんだから当然だろう」
目に隈が出来た痩せ細った黒髪の女は、青白い顔をしていたが白い上下繋がったスカート姿で、気になる点はなかった。隣のニルも気にしておらず、路地裏へ入っていく女から視線を外して、少し早いが宿屋に向かう。
一週間近く滞在することになるため、一人一部屋で宿を取ってくれたフロワから鍵を受け取った。当然、幽霊であるネフリティスの部屋はない。朝昼晩と食事つきらしく、一階にある酒場か部屋で食べることも出来ると言われた。
ルベウスに変身していたニルと出会ってから一人部屋は懐かしく、扉を閉めてすぐ手前のベッドで寝転がる。当然ネフリティスもいるが、部屋についてすぐ寝転がったサフィールの視界へ飛び込んできた。
「ちょっと、出かけてくるわね!」
せっかくだからもっと観光したいらしく、窓から出て行く後ろ姿にため息が漏れる。仲間の中で一番騒がしいネフリティスがいなくなったことで、静寂が訪れた。
休息の時間……。
ローブに隠れていた魔導銃二丁は外さず、両手で触れる。暖かくなってきた季節でも、冷たく心地の良い――生命を奪ってきた武器。
魔女を二体この武器で殺してきたサフィールは、小さく息を吐く。魔女だけじゃなく、襲ってくる魔物なんかも魔導銃で殺してきた。魔法では感じなかった重みがある。
――魔女は、生命ではないが……。
魔女によって色々と悲惨な現場を見てきたが、まったく心の揺らぎはなかった七年間。挙げ句に一番信頼していた魔法と最強の称号を奪われた。しかも、同業者に守っていた町から追い出される始末……。ただ、不幸とも呼べる出来事が起きなかったら、ネフリティスとは出会っていない。
姿形は見えていたが、人との関係を蔑ろにして生きてきたサフィールと、順風満帆だった日々を奪われて五年間、孤独の中で生きてきたネフリティス。対局的な二人だが、魔女の縁で繋がった……。
まぁ、ネフリティスは幽霊で、すでに肉体も滅んでいる。
瞼を閉じるサフィールは、これまでのことを思い出していた。
幼い頃に生まれた憎悪。両親と決別した日から別人になって魔導隊員として働いた二年。死刑執行者になってからは怒涛の日々であり、充実していた……。
人殺しに対しても、大義名分があったことで後悔も罪悪感すらない。魔女を殺す旅をしている今もそれは変わらなかった。
ただ、自分の中で大きな変化は感じている。両親と楽しかった幼少期と同じくらい感情が表へ出るようになったこと。自分で言うのも恥ずかしいが、笑うことも多い。
それも、すべてネフリティスと出会ってからだった……。
「……こういうのって、振り回されてるとも言えるよな」
思わず呟いた言葉を聞いている相手はいない。ラルカの言う決行日と、白の魔女の脅威がないだけで、ほんの少しの間だけ……サフィールの心は穏やかだった。
「ああ……あいつにも騙されて、振り回されてるな」
サフィールの感情を揺さぶるもう一人の存在。妖精族で竜人。ルベウスと名乗った男が、実は自分のことを生命視と名乗ったフィニスであり、ニルという名前の元・極悪人だった。
魔法歴の話らしく、魔導歴を千年過ぎたいまでは覚えている者はいない。記録にも残されていなかった。
そんなニルはある出会いによって心変わりしたという。サフィールをその相手と重ねていたが、いまは違った。魔導銃だけじゃ出来ない部分をニルが補っている。そして、何度も救われた……切っても切れない関係だ。
色々思い返しながらも、静かな部屋でうたた寝してしまいそうになっていると、騒がしい声で目を開ける。
「ねぇ、サフィール! 聞いてよー、ペルルの銅像あそこだけじゃなくて別なところにもあったの!」
再び騒がしい人物の顔を見て、なぜかホッとしている自分の胸に手を当てた。
聞いてもいないことを楽しそうに話す彼女は、サフィールにとってかけがえのない相棒である。
そんなとき扉を叩く音がして、許可もしていないのに勝手に開けられた。
「暇だから来ちゃったぁ」
本心か分からない笑顔を貼り付けた男――。
平気な顔をして嘘をつくニルに、二度目のため息が漏れた。




