第63話 港町ドリブン
風に乗って潮の香りが強張った表情を和らげる。街道から逸れた丘の上から目的地である港町ドリブンが見えてきた。
港町というだけあって、海まで行くのに街道から下へくだるような経路でたどり着く。
小さな丘の上から見える町全体は、他の港町と同じように魔法貝で出来ているらしく、白い屋根はキラキラしていた。
港町ドリブンが次の目的地になって、色々あった日々から約一週間。漸くたどり着いたからか、ローブを翻すようにして服を一新したグランツは白い歯を光らせる。
「……おい。観光に来たんじゃないぞ」
着替えた服装は明らかに砂浜で優雅な茶会を楽しむ貴族のようだった。ローブではない透け感のある白い上着に、下は半ズボン。しかも、上着にボタンなどはなく開けっ放しで白い肌が覗いている。呆れたのはフロワもで。本人に分かりやすく盛大なため息を吐いている。
当人は楽しそうな笑顔のまま首を傾げていた。本当に楽しそうで、分かっていない様子。ネフリティスまで呆れて口を開けたまま塞がらない状態だ。
「阿呆は放っておいて、港に行こう。此処は、出発点であって最終地点じゃないからねぇ……」
明らかに挑発的なことを言うニルは先を歩いていく。グランツの横を通りすぎたときの殺気に対しても平然としているのはさすがだった。時間が惜しいのは同じだったため、丘を降りて港町へ入るとすぐに港へ向かう。その際に、ふわふわした金髪を二つに束ねた後ろ姿の少女に目が留まった。他人の空似かと、そのまま歩いていく。
魔導飛空艇が唯一停まれる港を前にしたサフィールは絶句した。広大さに、風変わりな見た目。異様な光景が広がっていた。
「ハハッ……凄いな……」
巨大な時計台を倒したように長い橋が海上に伸びていて、港からもだいぶ離れた場所は広場のようで、丸い円を描いている。使われている素材は町の屋根を彩る魔法貝や、魔法素材らしい。魔法貝は固めると強度が増し、魔力を通しやすくて付与魔法で海上さえ浮く代物になっている。
丸い円には魔導飛空艇を模した絵が描かれていた。ちなみに魔導船が魔導院の関係者しか乗れないのと同じで、魔導飛空艇も管理されている。そのため、通路横には魔導隊員が一人ずつ立っていた。
遠くからでも魔導飛空艇が停まっていたら分かる開けた場所。だから、現在は此処にないことが分かる。そのため、魔導隊員に声をかけるのは道を聞く人間だけだった。
「暇そうなところを見ると、まだ時間がかかりそうなのか……」
「期間が限られてるからね? 僕らにとっては死活問題だけど……」
「私が聞いてきます」
優等生のフロワが率先して歩いていく。すぐに戻ってきたフロワの顔は強張っていた。
「うへぇ。まさか、出航して一日とか、オレたち運悪すぎ?」
「……俺のせいだ。倒れたことで時間を使いすぎた」
「サフィールのせいじゃないよ! それにまだ一週間あるし!」
他の面々にも励まされ、一旦解散すると残されたサフィールは小さく息を吐く。見兼ねた問題児が首に腕を回してきて、眉間に皺が寄った。
「そんな顔するなってぇ。旅は順調にいかないから面白いんだぜ?」
「……お前は、ただ楽しんでるだけだろう」
「……絶対そう思う」
「ヒドイなぁ……千年以上生きてきて、三度目の本気なのに」
そのうちの二度について話し出そうとするニルの腕を振りほどいて、サフィールは町へ訪れたら必ず足を運ぶ場所へ向かう。
どこの町でも大小問わずある、魔導具店だ。
歩きながら延々と語っていたニルのせいで、疲労顔で扉を開け店へ入ってすぐ駆けてくる足音。正面には見覚えのある顔があった。
年端もいかない顔立ちでふわふわした金髪を二つに束ねた人形のような美少女。サフィールが口を開く前に、満面の笑顔で抱きついてきた。
「――サフィールお兄様!」
インフィニートの隣町で魔導具店の店主代理をしていたカリーノだった。
目が飛び出しそうに驚くネフリティスと、対照的なニルは初めてだったが、二人のやり取りから理解して口元を押さえながら笑っている。
「……カリーノか。どうして、こんなところに」
「実は……こちらは、出稼ぎに行っている両親のお店です!」
思いがけない言葉に面食らうサフィールだったが、抱きついたままのカリーノを軽く引き剥がして辺りへ視線を巡らせた。
両親を探していると察した賢いカリーノは口元を隠す仕草で下品な笑い方のニルと違って上品な笑みを浮かべる。
「問題ございません。両親は素材の採集に行っており、昼まで帰りません」
「……そうなのか。それじゃあ、また店主代理か?」
「はい! 以前よりも勉強しているので、なんでも仰ってくださいませ」
目を輝かせるカリーノだが、正直グイグイくる人間……特に無害な子供の扱い方が分からないサフィールは、苦手意識を持っていた。正体が分からない自分を慕ってくれる人間なのもある。
「後ろの方は初めましてですね。わたくし、カリーノと申します。サフィールお兄様のご友人……お仲間の方でしょうか?」
礼儀正しくスカートの裾を握って会釈するカリーノへ、ニルも胸に手を当てて軽く頭を下げた。二人して完璧な貴族の挨拶に目をそらすサフィールは奥へと進んでいく。それを追いかけるカリーノに、ニルが後ろから馴れ初めを語りだしていた。
――完全に遊んでいる。
魔導船があった港町の魔導具店は詐欺まがいの価格だったが、此処は他の町と変わらない値段だった。魔導飛空艇に乗れるのは魔導院関係者だけだかららしい。そうでなくても、詐欺まがいのことは一族の名を穢す行いだと怒っていた。
まさかの再会ではあったが、カリーノとの関係は浅いもの。必要以上の会話はしなかった。
「……こちらで宜しいでしょうか? それにしても、こちらは魔導院関係者の方以外、わざわざ足を向けない町ですが……」
さすが十歳で店主代理を任されているだけはあり、鋭い着眼点である。だが、それなりに経験してきているサフィールは動じない。慌てているのはネフリティスだけだった。
「ああ、この近くは町まで遠いだろう? だから、羽休めの兼ねて魔導具の補充に立ち寄ったんだ」
「ああ、そうですね! さすが、サフィールお兄様っ」
「ククッ……凄い懐かれてんなぁ?」
小動物でも見ているようなニルをサフィールの切れ長の双眸が光る。両手を軽く上げて謝罪を口にするニルは、まったく悪いと思っていない。ただ、一つ思い出したようでカリーノに笑顔を向ける。
「そうだ。カリーノちゃんに聞きたいことがあるんだけどさぁ」
「はい? なんでしょうか」
「昨日までの一週間以内に、この町へ魔導具師は訪れてないかな?」
予想外の質問に目を丸くするサフィールへ、ニルは悪い笑みを浮かべて自分の唇に人差し指を当てた。天空都市エリュシオンに着いてから調査しようと思っていたサフィールは度肝を抜かれる。先手必勝のニルらしい。頬に手を当てて考え込むカリーノは、思い出した様子で手をポンと叩く。
「思い出しました! わたくしの知る限りでは、二人ほど訪れました」
「そっかぁ。有難ねぇ。ちなみに……男か女だったり教えてもらえるかな」
「確か……二人共、男性でした! 一人の方は、可愛らしいお人形さんを大事そうに抱えていましたね」
『人形』と聞いた瞬間、三人は目を見張る。
ニルが警戒を剥き出しにしていた男であり、魔導院の通信を乗っ取った張本人――。
ラルカと名乗る魔導具師で、身代わり人形を作れる以外の情報がない男……。
そして、サフィールの頭に警鐘が鳴り響いていた。




