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第61話 白と黒の感情

 薄く瞼を開き、目を覚ましたサフィールは天井にあるものを見つけて大きく見開いた。

 それは高等部に在籍していた頃に、魔導具の授業で初めて自分が作った星型の魔導灯。

 思わず肩が揺れて、首だけ横を向いた。


 きっちりと壁側に置かれた家具。部屋の約半分を占めるベッドに、大きめの本棚。勉強机に、置き型の魔導灯まで。再び正面を向いた天井は高いおかげで狭く感じない落ち着いた雰囲気の部屋。

 懐かしい実家の自室であると……。


 ただ、一つだけ……この部屋には見覚えのない絵画がある。


「……あれは、確か……」


 魔導船の部屋で見た“白い人間と黒い魔女”を表した絵画だった。

 ベッドの上でゆっくり体を起こす。どこか体の軽さを感じて布団を剥ぎ取り視線を下へ向けると、縮んでいる気がした。

 立ち上がって近くの姿見に映る自分を見て目を見張る。


「……嘘だろう」


 体が縮んでいると思ったサフィールだったが、鏡に映る姿は十八の自分だった――。



 ◇◇◇



 その頃、港町プリンシピオにたどり着いたニルたちはサフィールの自宅を訪ねていた。

 ニルに背負われて約七年ぶりの再会を果たした息子が、昏睡状態で卒倒する母親を介抱しながら、サフィールは自室のベッドへ寝かされる。


 一番関係が浅いフロワは両親に話す話題もないことから、サフィールを見ていると言って不安そうなネフリティスと共に部屋を出ていった。

 残された両親は異なる笑顔を向けるニルとグランツに眉を下げる。


 対面のソファーに腰を下ろしてから二人が自己紹介すると、強張っていた顔は少しだけ和らいだ。


「彼の症状は魔力枯渇に似ていた。しっかり寝たら回復するから安心してくれたまえ」

「ああ、この男は嘘っぽい笑顔を浮かべている妖精族だけど、危険はないから安心して下さい」

「くっ……貴様……猫を被るとは、さすが黒の不変」


 二人の巧みな会話劇で両親はほっこりした笑顔を向ける。

 そのあと、ニルとグランツが知るサフィールの話をし、両親も申し訳無さそうな顔で過去の話をしてくれた。


 生まれたときから天才だったこと。努力も惜しまず、魔導師としての才能を伸ばしていき驚かせてくれたなど、楽しそうだった。


 そんな和やかな空気を破るように大きな音で奥の扉が開かれる。サフィールを見ていたフロワが慌てた表情で、ネフリティスと同時に叫んだ。


「グランツ様、一大事です!」

「ニル! サフィールが!」



 ◇◇◇



 すぐに夢か幻覚を見せられていることに気づいたサフィールは、無意識の内に魔力感知を使う。

 壁の向こう側で二つの魔力が感じられた。自分の置かれた場所が自宅なことから、自ずと誰かはすぐ分かる。


「――盗聴(へステ)


 無自覚で呪文を口にしてハッとした。耳に聞こえてくる二つの声。数ヶ月ぶりに魔法を使えたことの感動と、聞こえてくる内容で肩が揺れる。


「――あの子、きっと私たちのことを考えて絶縁を求めてくるわ……」

「――ああ、そうだろうな。私たちの息子は心優しい子だから……」


 いつも優しかった両親の声……。


 これは、サフィールが家を出る前日の会話だった。両親はすべてを分かった上で、絶縁を受け入れて送り出してくれたのだと……。


 優しい両親だったが、悪いことはどうして駄目なのか理解させた上で叱ってくれた。


 壁に両手をつけたまま頭を軽く打ちつける。


「――どうして、あいつらには反論しなかったんだよ……」


 どのくらい経ったか、次第に冷静さを取り戻していくサフィールは出口を探し始めた。


 過去の夢か幻覚だと仮定して違うところは一つだけ――。

 魔導船で見た絵画だ。


 左右に描かれた白い人間と黒い魔女。そして、中心にポッカリ空いた一人分の空間。

 まさか、仲裁役でもいるのだろうかと思考を巡らせる。


「――白と黒が混ざり合った、いまの俺は……一体、何者なんだろうな」


 ――教えてほしい。


 無意識に不安が口から出た瞬間、絵画が白と黒の光を放つ。

 思わず片手で顔を隠し、眩しい光が消えてから再び瞼を開くと違う場所にいた。


 見覚えのある時計台がある広場……。初老の男が一人、白い姿をした子供たちに魔法の絵本を読み聞かせている。


「それじゃあ、続きの話だ。“魔女症候群”について――」


 魔女症候群とは何か。なぜ、発症すると、魔女という恐ろしい姿に変貌してしまうのか。どうして魂が消滅してしまうのか……。


「えっ……あの男は、誰だ? いや、何度か見かけたことがある……確か――」


 自然と足が向かい、子供たちの後ろで立ち止まる。初老の男も気にしていない……というよりは、サフィールのことが見えていない。


 時計台を見上げると神秘的な夜に白い月が輝いている。

 つまり、ここはインフィニートだ。


 初老の男が続ける話はとても興味深い。魔女症候群について、一般的な情報しかないサフィールは自然と腕組みして耳を傾けていた。


「前に話したのは、魔女症候群になったら魂は失われ、殺すしか方法がない……」


 「魔女さん、かわいそう」と言う声が口々から漏れる。初老の男は魔女症候群について深掘りし始めた。


 十六から十八までの少女たち。魔力熱は思春期なら多くが経験すること。それなのに、なぜ一部の(・・・)少女たちだけが、魔女症候群という病を発症させるのか――。

 治療法がないのは既に魂を失っているからか? それとも――。沢山の命を奪った少女に希望は残されていないから。


 秘密の話を口にするように、初老の男は顔の前に指を一本立てる。

 

 実は、魔女症候群を発症させた少女たちに一つだけ共通点があった。

 お姫様に憧れている――ではなく、“強い女性になりたい”と強く願っていた。


 赤の魔女(メラ・レジアス)が憧れていたお姫様も、自国の王子を一発殴っている。

 青の魔女(アスール・リブロ)が読んでいた魔法の絵本も、同じようにお姫様と王子様だが、虐げられたお姫様が異国の王子と添い遂げる話だった。

 虐げられても希望を捨てず、自ら道を切り開いた強い女性像。


 そして、それはネフリティスにも当てはまる。彼女は、女魔導師の頂点であったペルル・プリエールに憧れていた。


「――魂の証を残すほど、強い思いが病を呼び寄せたんじゃないかと思っているんだ……」


 魔女症候群と名付けられた意味も、おとぎ話で恐怖の対象だった魔女からなぞらえたもの。魔女は恐怖の対象であり、同時に強さの象徴だ。


「……魔女症候群は、大人になる前の少女(こども)の願望が、具現化したものなのか?」


 考えもしなかった結論に、口を押さえるサフィールはそれでも少女たちの差がなんなのか考える。

 最終的に魔力熱が引き金になっているのは分かっていた。

 ただ、魔力熱自体は十六から十八の間に魔力量や質の向上として起こるもので、病気じゃない。潜在魔力が濃い者ほど、起こりやすいと言われていた。

 実際、サフィールは二度も経験している。症例が少ない十一の時と、十六だった。


「……魔女とは一体なんなのか。ああ、もう一つだけ分かっていることがあるね? なぜか、魔女は人間を狙って殺している。その目的は、やはり……“間引き”かな」


 「間引きって、なーに?」と質問する子供たち。笑ってはぐらかす初老の男……。

 増えすぎた人間を『間引いている』説は昔からある。忘れていた魔女の痕跡からも書かれていたことだ。


「――魔力を薄め、数だけ増やした愚かな人間。世界の意思による裁き……か」


 サフィールの思い描く存在が魔女症候群を生み出したとしたら、それは本当に世界の意思。

 妖精族という不可思議な魔法生物がいるのなら、不思議ではなかった。


 だが、事実なら人間如きが抗ったところで何も出来ない。何者かに導かれるまま、最後の魔女を殺すだけ――。


『――魔女(わたし)を殺して』


「……あれも一種の呪いの魔法だな」


 ヒントというよりも答えを得た気がするサフィールは、体内の魔力(ねつ)を感じ取った。

 気づくと体が透けている。


 長きに渡る魔女との戦いで生まれた、不確かな存在である自分……。

 あの絵もサフィールを表しているようで、今後また何かを予期している気がして胸がざわついた。



 ◇◇◇



 何も聞こえなかった意識の中で、次第に複数の声だけが聞こえてくる。うっすらと瞼を開いたとき、真っ先に瞳へ映ったのは両親の泣きそうな顔だった――。

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