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第60話 青の魔女の軌跡

 声を出して笑ったことはあっただろうか……。


 冷静さを取り戻したサフィールは恥ずかしさから一切喋らなくなって無言で先頭を歩く。当然、茶化してきたニルを凄んでから少しだけ日が傾いてきた頃。再び冷たい風が頬を撫でた。

 先ほどから冷たい風に変わった理由は、町まであと少しという距離で現れた古びた看板が教えてくれる。


 『この先、危険区域』


 かすれた文字が辛うじて読める看板は、役目を終えたようにいつ朽ちてもおかしくないほど冷たい風で揺れていた。

 赤の魔女と同じで、規制もされていない。花畑によって、この近くに町があったことすら分からないだろう。

 

「ああ、青の魔女が誕生した跡地だなぁ? 未だに冷たい風が吹いてるのは驚いたけど……」

「……この冷たい風は、冷気だったのか」


 青の魔女が誕生してから此処一帯だけ季節を問わず冷たい風が吹くため、いつしか『嘆きの地』なんて呼ばれていると涼し気な顔で語った。


 どこか寂しそうな風に跳ねっけの髪が遊ばれる。

 赤の魔女の跡地で何もなかったことは確認した。正直得られるものはない。


 サフィールが魔女たちを倒す際に見た光景も、そのときだけ。行かない予定だった故郷の町に行くため、横を通り過ぎるサフィールに再び待ったがかかる。


 その声は当然、ネフリティスだった。


「ねぇ……青の魔女が誕生した場所も見ておきたいの。わたしにも、関係あるし!」

「……何もなかっただろう」


 先ほどまでと打って変わって冷たくあしらうサフィールの言葉に両手を握りしめるネフリティスが、再び前へ回る。

 サフィールは真剣な眼差しを向けられるのと、女の涙に弱い。


「だって! 『自ずと魔女症候群について分かるだろう』って言ったけど、分からなかったし!」


 痛いところを突かれるサフィールは口を閉じて頭を掻いた。

 未だに慣れない光景を腕組みして眺めるグランツは、硬い顔でニルへ視線を投げる。


「おい、黒の不変。通訳しろ。貴様なら分かるんだろう」

「はぁ? どうして敵対してるオマエに通訳しないといけないわけ」

「ぐっ……小生意気な……。貴様を除いて、人間の時間は有限だろう……。少しそれるが、すぐそこだ。足が止まるなら行ってもいい」

「まぁねぇ……そこは同意するかな。サフィール、オレもネフリティスちゃんに賛同するよ」


 まさかの賛同に、面食らうサフィールとニヤけ顔のネフリティスは道をそれて飛んでいった。サフィールの鋭い視線で刺されても余裕の笑みを浮かべるニルに、乾いた息を吐き出して道をそれて歩きだす。


 少し進んだ先で異常な空気の冷たさに気づいて足を止めた。

 口から出る息が白い。雪の季節なら有り得るが、まだ暑い季節さえ一カ月以上先だった。


 だが、目に映る景色は変わり映えない花畑で……?

 この冷たい空気の中で平然と咲いている花畑は異常だ。


 すると、上空を飛んでいたネフリティスが叫ぶ。


「ねぇ! その花畑の中心だけ、丸い円で描かれたような地面よ!」


 花畑を掻き分けて進んだ先に、雑草すら生えていない場所へ出た。

 赤の魔女と同じく、魔女の刻印もない。しっかりと記録していたニルが懐から例の手帳を見せてきた。


 誕生した際に描かれる魔女の刻印。本体を倒したことで消えるのは、世界から完全に消滅したことを指しているだけなのか。再びしゃがみ込んで土に触れるサフィールは、微かに魔女の魔力を感じ取る。


「……此処が跡地なのは間違いないな」

「……本当に何も残らないんですね。以前仰っていた儀式で、顕現したかのように痕跡が消えただけでしょうか」

「……分からない」


 予想通り、なんの成果も得られず立ち上がるサフィールは視線を上に向けた。

 そこには両足を抱き抱え顔を埋めるネフリティスの姿がある。

 反省の姿勢だと分かり、わざとらしいため息をついた瞬間ガバっと顔を上げた。

 そして、ふよふよと降りてくるネフリティスは顔をそらして何かを呟いている。


「……仕方ないじゃない……出来損ないの、魔女もどきな幽霊だって……何かしたいんだもの」


 小さすぎて言葉自体は拾えなかったが、落ち込んでいるのだけは分かった。

 無言で移動し始めたサフィールの後ろをついてくるネフリティスへ、振り返ることはせず独り言のように呟く。


「ハァ……世話の焼ける相棒だな」


 悪霊化しても魔力を感じなかったネフリティスだが、“そこにいる”ということだけはハッキリ分かるサフィールの言葉で落ち込んでいた顔は明るくなった。

 蚊帳の外だった三人からも生暖かい空気を感じ取ると、険しい顔が向けられる。


 再び元の道に戻ってきたところで、サフィールに異変が起きた。


「サフィール! 魔導銃の収まってるところが光ってるわよ!?」

「えっ……?」


 ローブをめくると先ほどまで一切なんの変化もなかった魔導銃が、変形した状態で青白く輝いている。

 しかもその光は輝きを増していき、魔導銃に触れた瞬間。突風が吹き荒れたように青白い光は飛散して、サフィールの体が大きく揺すぶられる。


 魔力枯渇に似た症状が襲い、視界は暗くなり、周りの音や声が聞こえなくなった。海や土の中に閉じ込められた感覚とも違う。

 次第に手足の感覚さえ分からなくなると、プツンと意識が途切れて倒れ込んだ。

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