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第59話 サフィールの過去

 ウィンクルム大橋を渡り、暖かい風が吹く丘を通りすぎた頃。いままで肩の力が入った旅をしてきたサフィールは、初めてインフィニートを出たときを思い出す。暗い夜で、無数の星だけが地上に光を灯していた。

 それを教えてくれたのはネフリティスで、いまも花畑を楽しそうに飛び回っている。風景を気にすることも忘れていたサフィールも、色とりどりの花へ視線を巡らせた。


 残りの魔女は一人。


 しかも、自分を魔女に変えた張本人である白の魔女――。


 知識の書は真実を語る。だから、目的地にたどり着くまでは穏やかな気持ちが芽生えていた。


 一つの危険分子を除いて――。


「そうだ。帰省するんだしさぁ……オレの知らないサフィールのこと教えてよ」

「……今更すぎるだろう。それに、なんの面白みもないぞ」

「えっ!? サフィールのこと、わたしも聞きたい!」


 綺麗に片手をあげるネフリティスは目を輝かせていた。

 ついてくるなと言ったら、ネフリティスは家まで入ってこないだろう。だけど、ネフリティスのことだけ知っているのは卑怯かもしれないと、旅を重ねる間に思い始めていた。

 ニルのことは、正体をバラしたあとも本人が勝手に聞かせてきて、あらかた知っている。


 前の二人も聞き耳を立てていそうなくらい静かだったが、短く息を吐き出してから過去のことを思い出していった。


「……俺が、死刑執行者(ラモール)に入りたいと思ったのは、約十四年前だ――」


 十一の年になったサフィールは小さな町の下流貴族だったが、細々と幸せに暮らしていた。だが、穏やかなときは前触れもなく奪われてしまう。


 両親は共に魔法学校の教師をしていた。しかも、実力主義の名門校だったことで貴族階級は関係ない。だから、上流貴族の子供にも勉強を教えていた。

 それを良く思わない上流貴族の保護者によって、汚名を着せられた両親は仕事を失ってしまう。元々争いを好まない優しい両親が受け入れてしまったことで没落し、一族の名前を奪われた。まだ子供だったサフィールは、両親以上に頭が良かったことで憎悪に燃えてしまう。


「……実は、魔法学校に行くことも諦めていたんだが……()両親が母校に頭を下げてくれた」


 まさかの問題を起こした母校だったが、魔法界でサフィールの天才ぶりは知れ渡っていた。そのため、十二歳という若さで特待生として通うことになる。「ナナシ」と揶揄(やゆ)されたが、憎悪の膨れ上がったサフィールの耳には届かなかった。優秀故に最高学府まで通って十七で卒業する。両親も細々と生活魔法を使って仕事をこなして生計を立て、質素だが十分に生活できるまで回復した。


 最高学府まで通ったことで、貴族についても勉強してきて教職員の反対を押し切って進路を決める。十八で大人として魔導師認定を受けてから、魔導院に属する魔導隊の死刑執行者(ラモール)へ所属することを決めていたため、両親に離縁を申し出て決別した。


「――最後に父さんのくれた言葉は忘れたことがない……『例え茨の道を選んでも、私たちはお前の味方だ』」

「うっ、うっ……なにそれ、思ってたのと違うんだけどぉぉお!」


 耳元で号泣するネフリティスに、耳を塞ぐサフィールは生暖かい視線へ気づいて眉間が寄る。親心でも芽生えたかのようなニルの気色悪い微笑み。

 前方から聞こえてくるすすり泣く音……。グランツだ。


「……フハッ……まさか、青玉(そうぎょく)(キミ)にそんな暗い過去があったなんてね? それで、その上流貴族(美しくない者)はどうなったんだい?」

「……ちゃっかり聞いてるな。問題の上流貴族か」


 サフィールの両親が陥れられてから数年後、魔導院に横領などの悪事が見つかり下流に落とされている。

 だが、サフィールはそれを分かった上で死刑執行者(ラモール)の所属を希望した。一度灯った憎悪の火はそう簡単に消えるものじゃない。

 魔導院に認められた立場で悪を滅することが出来る。サフィールにとって優良物件だった。


 少しして冷たい風が頬を撫でる。サフィールの故郷であるプリンシピオまでは一本道だった。

 ただ、そこまで話してサフィールは視線を下に向ける。


「そのときに両親とは縁を切った。悪人とはいえ、人間が人間を裁いてるんだ……俺の手は、洗っても落ちない血で濡れている」

「えっ……もしかして、両親に会わないつもり!?」


 意図を汲み取ったネフリティス以外の四人は何も言わない。

 プリンシピオを過ぎた先にも町はある。まだ日が差していることで、立ち寄る必要はなかった。

 後悔のあるネフリティスは両手を横に伸ばして、立ち塞がる。それは、初めて会ったときに似ていた……。


「……ダメよ。これから何が起きるか分からないんだから、サフィールには後悔してほしくない!」


 一瞬口を開きかけるサフィールは、あえてネフリティスを避けることなく体をすり抜ける。

 ゾクッと肩を震わせるネフリティスは、ギュッと唇を噛み締め振り返って喚き散らした。


「サフィールが素直になれないなら……わたしにも考えがあるんだから!」


 背後から飛んでくる声は当然サフィールにしか聞こえない。

 それなのに、サフィール以外の三人が足を止めて一斉に振り返る。

 いまのサフィールでは感じられない魔力によるものだった。


「……もしかしなくても、後ろにネフリティスちゃんがいるのかい?」

「えっ……そう、だな。どうかしたのか」


 少しだけ額から汗が滲むグランツの焦る表情でサフィールも背後へ振り返って目を見張る。

 そこにいたのは、穏やかなネフリティスじゃなく――黒い(もや)を揺らめかせる姿だった。しかも、体の半分が黒い(もや)と同化している。


 豊富な知識を持つサフィールもすぐに気づいた。幽霊の“悪霊化”――怒りによって起こる現象の一つ……。

 だが、ネフリティスは意図的に悪霊化を引き起こしていた。


「ねぇ……わたしが悪霊化したら、どうなるかな? 魔女の力を宿す幽霊よ……」

「ネフリティス……変な真似はよせ。俺の事情に首を突っ込むな」

「……イヤ。わたし、サフィールの相棒なんだから……。譲れないときは、ハッキリ口に出すのがわたしなの!」


 憎悪など何も感じない黒い(もや)が増幅して、ネフリティスの白い体を包んでいく。

 色々と不満や主張をするネフリティスだったが、悪霊化してまで意思を貫こうとする姿は初めてだった。

 悪霊化することでサフィール以外の魔導師に気づかせられる新事実も、いまは考えている場合じゃない。


 黒い(もや)によって周囲の花畑も萎れていく。

 それに気づいた優しいネフリティスは動揺から放出する魔力量が小さくなっていった。


「ククッ……面白いモノが見られた。これはオマエの負けだろう」

「…………分かった。俺の負けだ。ネフリティス、悪かった……」


 一切焦った様子のないニルに促され、肩を竦ませるサフィールと目が合ったネフリティスは、体が小さくなるように元の姿へ戻る。

 ただ、無理矢理悪霊化したことで幽霊なのに顔が青白くなっていた。

 その顔を見てサフィールは思わず笑い声をあげる。


 いままで見せたことのない声を出した笑顔に、男たちはため息を零し、フロワは驚いて固まり、当事者のネフリティスは目を輝かせていた。

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