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第58話 危険な匂い

「実は……最近になって、妙な噂話を聞くの」


 ドミヌラが聞いた噂話――。

 魔導具師の間で、霊魂を使って何かの実験をしようとしている輩がいる。そのために、特殊な魔導具を作っているらしい。


 思わず目を見張るサフィールはニルと目配せする。小さく頷くニルは口を開く気はないようで、サフィールに一任された。


 霊魂を材料として扱うなど禁忌でしかない。魔法界だと未練を持った魔導師が幽霊化するのは多く、普通だった。

 そのため、幽霊も人間と同等に扱われている。


 エルピスの手紙と同じ内容だ。つまり、その噂話は現実となって、通信を乗っ取った危険分子が何かしようとしているのは明らか。

 危険分子が言う決行日まで、残り二週間。

 目的地の港町ドリブンは距離的に一週間前後。身体強化魔法なら短縮も可能だ。


「……だから、気をつけてね?」

「ああ、分かった。良い情報を有難う」


 握手を交わして別れると、横並びになって歩くニルが不穏なことを口走る。


「ずっと思っていたんだけどさぁ……白の魔女に関係する魂とか言ったら一つじゃね?」


 スッと長い足で前方を塞ぐニルは、胸板の中心を指で突いた。

 魂は体を巡る魔力が抜けた存在とも言われている。だから、未練のある魔導師が幽霊化するのだと……。


 サフィールが突いた指を軽く払うと、グランツたちのいる休憩所へ向かう手前で手を振る見知った人物がいた。

 風変わりな眼鏡をした優男。変わった身代わり人形を趣味で作る魔導具師のラルカだった。


 明らかに顔色が変わるニルは、そのまま一歩前へ出る。


「えーっと……ラルカだっけぇ? 奇遇だね」

「う、うん! 覚えていてくれて嬉しいなぁ。あのときは延々と語っちゃってごめんね?」


 相変わらず好きなことに関しては早口になるラルカの手に、珍しく男の人形が握られていた。

 本人曰く、受注品を魔導具の市へ卸しに来たという。

 店で見たときとはまた違う眼鏡は、望遠鏡のように厚みを帯びていた。

 さらに白っぽいローブがとても目立っている。


「外行きのローブと眼鏡か? 店で会ったときとは違うけど、相変わらず風変わりだな」

「ちょっ! サフィール⁉ 言葉を選びなさいよ!」


 以前と比べたら大分丸くなったサフィールだったが、他人の褒め方は相変わらずだった。

 一瞬だけ目を大きく見開いたラルカは口元を手で隠しながら笑う。

 分厚い眼鏡のせいで、表情は読み取りにくいが再会を喜んでいるのは分かった。


「ごめん、ちょっと待っていて」


 少し先に見える休憩所へ一度視線を向ける。グランツとフロワが談笑している姿が見えた。もちろん、フロワは笑っておらず、一方的に話を聞いているだけ。

 

 視線を戻すと、すぐそこの女魔導具師に身代わり人形を手渡して、代金を受け取っていた。

 やはり女性には多少の需要はあるのか、眉を寄せるサフィールだったが、耳元に囁く低い声で我に返る。


「――あの男。オレと似たようなものを感じるぞ……」

「……ニルと似たものか。悪人には見えないけどな」


 死刑執行者(ラモール)として沢山の魔導師を殺してきたサフィールだが、五感も魔法に頼りきってきたことで内面を探るのは下手だった。


 挨拶を交わして戻ってきたラルカは威圧に気づいたようで、首を傾げている。

 これで何かを隠しているなら相当な曲者だ。


 ただ、ニルには似た経験があるようで、いつの間にか作り笑顔も消えている。


「こんなにも人形を愛してるオマエに、一つ質問しても良いか?」

「うん? 人形のことなら大歓迎だよ!」


 眼鏡からでも漏れ出す曇りのないキラキラした双眸を向けるラルカに、ニルは軽い足取りで背後へ回った。

 少し橋の方に下がるラルカは、左右に目配せして笑う。


 サフィールも何を聞こうとしているのか、ニルの動向を見守った。


「――人間の魂を抜き取る魔導具なんて、作れるものか?」

「……人間の魂……ね。出来ると思うよ? ぼくの一族では『悪いことをすると人形に魂を奪われるぞ』って言葉もあったしね」


 懐かしむように笑うラルカから敵意は見えない。


 実際に幽霊を封じたりする魔法も存在する。ただ、肉体から魂を別な何かに移すのは容易じゃない。禁忌以前に、魔導師の魂は魔力の塊だ。だから、幽霊は別名『魔力体』とも呼ばれている。原理は未だに不明だが、肉体から外へ出ないよう魔力の膜で覆われているらしい。多分、自己防衛だろう。魔導師の幽霊はいるが、魔物や魔法生物の魂は存在しないから。


 両手を広げてみせるラルカに核心を突くことはしないニルが、軽く指を曲げてサフィールたちを呼んでいる。


「ふーん……悪くない答えだった。あとは、攻撃魔法以外は相手の魔力量によって跳ね返されるくらいか」

「ああ、それはあるよね? 一番難しい問題だと思うよ……でも、人間って思った以上に単純だから。入れる器が、元々人間だったなら――繋がり(・・・)かな」

「へぇ……繋がりねぇ。それは、精神か……物体でも色々あるな」


 終始笑って答え合わせするように返すラルカは、あとを追ってくることはせず「またね」と片手を振っていた。

 背後から刺さる視線もなく、立ち上がったグランツの手を振る姿を視界に収めながら歩いていく。

 横を歩くニルは不気味なほど恍惚(こうこつ)していた。


 ネフリティスは顔を引きつらせながら、背後へ振り返る。


「あの人……ドジで、ちょっと不気味なくらい人形愛が凄いけど……普通よね?」

「……多分な。でも、ニルのあの様子だと……」

「好敵手……って感じかァ? 内臓を握られたように、少しだけゾクゾクさせられた」


 ネフリティスだけでなく、サフィールも少し距離を取った。

 そして、グランツたちと合流してからラルカの話は伏せたまま橋を渡り切る。


「さてと、次の町は……プリンシピオだね?」


 グランツが口にした町の名前を聞いたサフィールは顔を伏せた。すぐに変化へ気づいたネフリティスが覗き込んでくる。

 インフィニートに来てからサフィールのことを精霊眼で見ていたニルも、町の名前を聞いて察したようで肩へ手を置いた。


「触るな……。その町は、俺の――捨てた(・・・)故郷だ」


 サフィールの脳裏にずっと付き纏っていた後悔。目的地の途中には、サフィールの捨てた……両親と、故郷があった。

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