第57話 性別なんて関係ない
明るい黄昏色で染まった肩にかからない程度の髪を、髪飾りで留めている見知らぬ男は、後ろの出店を指さした。
格好自体も女が好みそうな赤みがかった金糸で装飾の入ったローブ姿をしている。
掴まれた腕の力は当然男のものであり、身体強化も出来ないサフィールに振りほどけない。
最初に冷静を取り戻したニルが、ローブからでも分かる男の筋肉質な腕を笑顔で掴む。
「若くて可愛いのは認めるけど――ウチの希望の星、勝手に連れて行かないでくれよ」
「……あらぁ、ごめんなさい」
二人だけで静かな炎を迸らせながら、手が離れ解放されるサフィールは眉を寄せる。
相変わらず笑っていても演技だと分かる表情の男から、怒りの感情が見えた。
体格の良い魔導具師の男は、二メートルくらいありそうな身長で、ニルとも二十センチ以上の差がありそうなのに全く動じていない。
男が示していた店に視線を移すと、同じ導きの羽根もあった。表示価格は購入を考えていた店よりも、半額以下である。
しかし、男の髪と同じ色で出来た敷物の派手さからか、避けるように足を止める客は誰もいない。
店へ戻った男を警戒しながら近づいていくと、宝石のように綺麗な石を渡してきた。
謝罪の気持ちだという石を見て、思わず目を見張る。ネフリティスだけは分かっておらず首を傾げていた。
「……これは受け取れない」
絞り出すような低い声で拒否するサフィールに口を押さえる男は笑っている。
一旦石を敷物に置いてから、小箱を取り出して開けると同じ石が複数入っていた。
驚きから再び言葉を失う。
「ウフフッ……二人とも、そんな顔しないでちょうだい。良い男は、どんな顔でも絵になるけどぉ」
男が見せてきたのは、すべて『召喚石』だった。
「ねぇ……その綺麗な石がなんなのよ」
召喚石とは名前の通りであり、複製召喚の魔物を呼び出せる石。下位の魔物が使い魔登録されていて誰でも扱える。
ただ、秘匿な身代わり人形とは違うが、召喚石も作れるのは極一部の魔導具師だけ――。
色んな工程を得て誰でも使える魔導具へ変わる。
説明を聞いたネフリティスも顔が青ざめていった。幽霊だけど……。
反応を見て喜ぶ男は思い出した様子で手を叩く。
「あっ! そうだったわぁ……まだ名前を名乗ってなかったわねぇ?」
「えっ……」
「ドミヌラって言うのぉ。宜しくね? 危険な香りのするお兄さんと、ボウヤ」
再び片目を瞑ってみせるドミヌラに本能からか悪寒が走るサフィールは一歩下がった。
加えて二十五の男を坊や呼びは皮肉にしか聞こえない。
自己紹介して満足したドミヌラは、再び手のひらに乗せた召喚石を前へ差し出してくる。
「この中には、齧歯目の鼠属が入っているわぁ。潜入とかで使いやすくてオススメよぅ」
召喚石は魔導具の中でも希少性から、市場に出回らず魔導具店にも置かれていない。
はたから見たら、小さな魔石を売りつけようとしている悪徳魔導具師である。出回っていないことと、召喚石は至近距離でないと判断つきにくい欠点であり、利点があった。
「やーねぇ。そんな大したことじゃないわよぉ? 物珍しさはあるかしらぁ」
「……アンタは大したことじゃなくても、普通の反応はこれ以上だぞ」
「言われるとそうなのかしらねぇ? でも、そうねぇ……召喚石を譲るのは、数年ぶりかしら。使い捨てだし、気にしないで貰ってちょうだい」
伸ばされた手がサフィールの手に重ねられると、有無を言わせず握らされる。
パタンと蓋を閉めて奥の方へ追いやる小箱も良く見ると高価な魔導具だった。
魔導具師にも万能型、特化型がいる。ドミヌラは自分が持っている魔導具は全部作った物だと嬉しそうに自慢してきた。
天才型の魔導具師に出会ったのは初めてだったが、気さくすぎてニルですら引いている。
そのあと、こちらも名乗ってから魔導具を見せてもらった。
サフィールが注目したのは、他の店にない魔弾が魔法硝子の飾り箱で売られているところ。ただ、普通の魔弾ではない。通常の魔弾は魔石を加工しているから青みを帯びている。
置いてある魔弾は――。
「オネエさん、一発で分かっちゃった……。ボウヤ、魔導銃を武器として使っているでしょ」
「……魔弾を見ていたら分かるだろう? それから、名前で呼べ……」
しゃがみ込んだことで顔の距離が近いドミヌラは、ぬっと大きな体を寄せてくる。一歩引くサフィールの肩を掴むと、耳元で重低音を響かせた。
「――それ、素材がオブシディアンって魔法鉱物で出来ているの……」
「……耳元で、囁くな……ッ」
先ほどまでの高音から明らかな男声に白い目を向ける。
「あら、可愛い反応」と喜ぶドミヌラに悪寒の走るサフィールをネフリティスが触れられない手で、よしよしと撫でる仕草をした。
サッサと払う仕草をするサフィールは傍から見ると怪しさしかない。
当然その様子を一部始終見ていたニルは笑いを堪えて口と腹部を押さえている。
「……サフィールって、耳が弱かったのかぁ」
「――弱くねぇ……ドミヌラの重低音を聞かせてもらえ」
「えっ? アタシの男声を耳元で聞きたいのぉ? 大歓迎よぉお!」
遠慮しておくと爽やかな笑顔を向けて距離を置くニルへ恨めしそうな目が向けられた。
だが、変なことをされて貴重すぎる魔導具の存在を忘れかけたサフィールは冷静さを取り戻す。
「魔弾の在庫、全部俺に売ってくれ」
魔石以外で魔弾ほど小さな魔導具を作るのは至難の業と言われる魔法鉱物でも、希少性も高いオブシディアン。しかも、使い捨てである。
今度はドミヌラが驚いた顔をしてみせた。飾り箱に入った魔弾は十個。背後から在庫を出してきて、すべて合わせた合計は二十個だった。
「これ、自分で言うのもなんだけどぉ……相当なお値段よぉ?」
「問題ない」
魔弾に魔法は入っておらず、オブシディアンの最低価格から割引いてくれたが、さすがにサフィールの懐も寂しくなる。
だが、二体の魔女を倒したことで白の魔女は確実に青の魔女を遥かに凌駕しているはずだ。
金に糸目をつけられない。
「一つ確認したい。魔法を込めるまで試したのか?」
「ええ、もちろんよぉ。偉大な付与師のお爺ちゃんに、上級魔法を入れてもらったわぁ」
「ああ、あの爺さんか……それなら問題ないねぇ。オレでも付与可能だ」
さすが長生きしているだけあって、有名人でニルの知らない相手はいないようだ。
他に導きの羽根だけ購入して買い物を終わらせる。
立ち上がるサフィールをドミヌラは真剣な眼差しで見定めていた。何かを後ろから取り出して、強引に握らせてくる。
驚いて手を開くと、古びた小箱だった。
「えっ……」
「アナタ達が何をしようとしているか、アタシには分からない……。でも、これは御守りみたいなものだから。命の危険を感じたら開いてみて」
戸惑うサフィールに笑顔を向けるドミヌラは、どさくさに紛れて抱きつこうとしてくるが軽く躱され、体を屈めて悔しそうに地面を叩く。
呆れたサフィールに真顔で立ち上がったドミヌラは指を一本立てて見せた。




