第6話 旅立ちの日
昨晩は夜遅くまで酒場へ入り浸ることになったサフィールは、眠そうに欠伸を噛み殺していた。
当然、ネフリティスだけは元気で、昨日のことが嘘のようにサフィールに他愛もないことを話しかけている。
無視されてもサフィールに視えているだけで嬉しさが滲み出ているネフリティスは、足が止まった場所を珍しそうに眺めていた。
「ここ、魔導具店⁉ へぇ……わたし、初めてきたかも……隣の装飾品店には良く行ってたけど」
「ハァ……俺もだ。魔法が使えなくなって通い始めた」
「そういえば、わたしまだ貴方の名前教えてもらってないんだけど! ねぇ!」
「――店内では静かにしろ」
サフィール自身も誰かに名乗ることをしてこなかったせいで、普通に忘れていたことに気づいたが、誤魔化して店内へ入る。
すると、探知機が反応したような顔のフロイデが駆け寄ってきた。
「いらっしゃいませー! あっ、誰かと思ったらお兄さん! 今日は何をお求めでしょうか!」
「この女性店員さん……貴方の知り合い?」
「ああ、フロイデ。今日も元気だな。実は仕事で街を出ようと思っているんだ」
「フロイデさん……て、わたしのことは一度しか名前で呼んでくれないのに⁉」
一人芝居のように指摘するネフリティスを無視してサフィールは奥へ案内される。
旅をする可能性を考えて、必要な物資を見繕ってくれるというフロイデに押されていた。
彼女も魔導具師見習いとはいえ、サフィールよりは知識がある。加えて、店の理念でもある客に不要な物は押し付けないを地でいっていた。
「凄いわね! あーあ……生きてるときに魔導具店来るんだった」
「……そうかもな。俺も、白の魔女に魔法を奪われてなかったら――」
「お兄さん? どうかしましたか?」
「いや、それで必要なものだが……」
事情で“魔法を制限している”ことを話しているため、フロイデは魔法が下手だったり、殆ど使えない人用の魔導具を見繕ってくれる。
キラキラ光ってみえる青い色をした魔力水の小瓶。魔法暦では難しかった、寝る以外での魔力を回復する薬だ。
いまの魔導師で命に関わることはなくなった代わり、対魔女用として普及している。それもいまのサフィールには不要な産物と化していた。
そもそもサフィールは魔女の魔力量に引けを取らないと言われるほど尽きたことがない。
その反面、相変わらず回復魔法使いの代わりになる瞬間回復薬は発展せず、緑色をした液体が入った小瓶には自己治癒促進と書かれている。
それも数本手に取って木の皮で出来た籠へ入れていくフロイデは、他にも投げ玉三種、身代わり人形、解毒薬、転移紙など。大体、一般魔導師は持つ必要のない魔導具の数々を入れていった。
「――おい。俺をどこぞの上流貴族だとでも思ってないか?」
「はい? しっかりと計算してますよ! 普段のお兄さんからして、ここまでは買えるだろうと!」
「ハァ……必要なものだから良いけどな。あと、この間見られなかった装身具も見せてくれ」
「その言葉を待っていました! さぁ、どうぞー! お兄さんに良さそうな品が入ったんですよー!」
意気揚々ともっと奥へ進んでいくフロイデにため息をつくサフィールは、顔の近いネフリティスへ冷めた目を向ける。
明らかに相手へ翻弄されているサフィールを楽しんで観察しているからだ。
「貴方も他人に翻弄されたりするのねー! なんだか新鮮で、血の通った人間って分かって良かった」
「――残念だったな。血の通った魔導師だ……」
「早朝に入荷した装身具でして! 腕輪なので、昨日購入された魔導具と反発することはありません!」
「魔導具によって反発し合ったりするのか……」
「はい! 装身具は特に! ですので、指輪系以外同じ部位に装備はお勧めしません!」
背伸びして顔が近いフロイデは魔導具についての質問へ興奮したように鼻息を荒くして説明する。
指輪も基本、指一本に一つずつらしく沢山つけたら良いわけじゃないらしい。
早朝に入ったという魔導具は腕輪と指輪。
腕輪は自己治癒促進と同じ効果のある魔導具で、中心へ嵌まっている魔石に付与が施されているという。
回復魔法は光属性で選ばれた魔導師しか扱えないため、とても貴重で高価なものだ。
いまでは回復魔法を使える者も全盛期の三割ほどしかいない。
「そんな高級品を俺に買わせようとしているのか……」
「はい! お兄さんなら買えると思いました! それから、こちらの指輪は防護魔法が付与された物になります!」
「それは回数制限ありだよな?」
「いえ……実は――こちらも高級品です! この小さな魔石に防護魔法が付与されていて、致命傷を外します」
致命傷を外す防護魔法ということは、暗に怪我は負う魔導具だとフロイデは胸を張って豪語している。
呆れを通り越して頭を押さえるサフィールは横で顔が緩んでいるネフリティスを睨んだ。
「どちらも材質から良いんですよー! 腕輪は、魔法鉱物の他に希少金属も使われていますし! 指輪は純銀です! 魔法加工してあるので、防水や強度も安心ですよ!」
「ハァ……それで、全部でいくらなんだ」
「有り難うございます‼ さすが、お兄さん! あー、こんなお得意様が居なくなってしまうなんて残念です!」
「それから、最後に地下室を借りたい。魔導銃の調整もしたいからな」
わざとらしく目元を拭い寂しがる仕草をするフロイデに再びため息が漏れる。
地下室へ移動するとローブをめくって腰に装着したベルトから黒い魔導銃を取り出した。
それを見たフロイデは真剣な表情で顎に手を添える。
「……お兄さん、ローブも新調した方がいいですよ! いまのだと確実に長いから、魔導銃が隠れるくらいが絶対に良いです! ちょっと探してくるので好きに使ってください!」
「えっ、おい。ハァ……行動力あり過ぎだろう」
「ぷくくっ……貴方のそんな顔が見られて本当、ここにきて良かったー!」
「……騒がしい。これから俺は集中する。まぁ、いずれは騒がしい中でも使えるようになるのが理想的だがいまじゃない」
「はーい。でも、魔導銃っていうんだぁ。凄い物騒ね。魔法もまぁ、使い手によっては物騒だけど……」
サフィールは魔導銃を左手で持つと、連続で六発の魔弾を撃った。
中心に全弾命中したことで、手応えを感じたサフィールは魔導銃を握りしめる。
「本日も有り難うございましたー! またのご来店お待ちしています! お兄さんの活躍を応援してますね!」
「ああ……魔弾も、コレも有り難う」
「魔導具店によっては、売り物が違ったり値段も同じじゃないので気をつけてくださいねー!」
「本当に、死刑執行者って凄いのね! お金持ち」
フロイデが自分の試作品と言って無償でくれたローブは、黒色に少しだけ青が混ざった洒落た物で、裾の部分にも魔法の糸で刺繍もされていた。
勿論、付与効果もあり、認識阻害と耐熱耐寒性に、防護魔法まである。
魔導師にとって必需品のローブは装身具と違い、多くの魔法を付与出来るような加工がされているらしい。
興奮しているネフリティスを横目で流して、そのまま街の出口へ向かうサフィールの道を塞ぐよう、明らかに見た目が人間とは異なる姿をした長身の男が現れた。