第56話 魔導具の市
街を出てすぐ、グランツはエルピスに連絡を取ったようで、次の町へ向かって歩く上空から使い魔が飛んでくる。
姿形は黄色い小鳥にしか見えないが、足に手紙をくくりつけられていた。
手紙を受け取り飛び去っていく姿を目で追うネフリティス以外は、開かれる手紙に注目する。
『同志の君へ
プローディギウムの件は了解した。それから、青の魔女の討伐ご苦労さま。詳細を伏せられていたことに関しては聞かないでおくよ。
こちらからも一つ報告がある。昨日、魔導院の通信を乗っ取られた。時間は、体感一時間程度だったけど内容は不穏分子だと感じた。
簡潔に話すと、白の魔女を崇拝している男で、自称魔導具師であり、身代わり人形の作り方を知る人物だ。あれは秘匿で、知る者は少ない。
男の目的は白の魔女に魂を入れることだと言っていた。しかも、決行日□△〇▽を宣言している。生贄に関しても目星をつけているようだったよ。魔女は魂がないからこそ、人間離れして厄災と呼ばれる魔力を持っていると言われてきた。どうして魂を入れたがっているのかなどは不明。多分、魂を入れたとしても不完全だろうと予測している。
身代わり人形を作っている魔導具師は少ないから数は絞られると思うけど、魔導隊の人数が足りなくてすぐ動けそうにない。君たちは、そのまま白の魔女の情報を追ってほしい。
追伸 行き先で渡るだろう“ウィンクルム大橋”に“魔導具の市”が開催されているようだから、寄ってみると良いよ。
青雲の魔蝶』
内容を読み終わると、目線の動きを察知しているかのように上の方から魔法紙が燃え始めた。証拠隠滅という手の込んだエルピスに感心する。
サフィールはエルピスの文字を見て、懐かしさを感じていた。
「……変わらないな」
「ああ、青雲の魔蝶かい? 彼は、良い意味で変わっていないね? 魔女に関しては大分変わったけど」
灰すら残さず消えていった手紙の内容を思い出す。
白の魔女の厄介な崇拝者に心当たりはないが、魔導具師というのは面倒だ。
しかも、誰かの魂を狙っていて、それを白の魔女に入れようとしている意味が分からない。
再び歩き出したサフィールはなぜか悪寒を感じていた。
考えていても仕方ないと、あまり気にしていないグランツの提案で、魔導具の市へ向かうことに……。
しばらく歩いていると、前方に大きな川が見えてくる。遠目から人集りが出来ているのも確認できた。川の方へ歩いていき、噂のウィンクルム大橋が見えてくる。
二つの支柱が立っている面積の広い石造りの橋だった。
年季が入っているように感じられない真新しいウィンクルム大橋まで歩いて行くと、祭りのように人で溢れかえっている様子が目に入る。
規制もなく、魔導隊の姿はない。魔導具師たちが各々自由に店を出している。
「思っていた以上に多いな……」
「うん! お客さんも沢山いるんだねー」
ニルの言っていたように、魔導歴へ変わった魔法界は非魔導師との血が濃くなったことで魔力量も少ない。必然的に魔導具を作る者と使う者は多くなる。
グランツは誘ったくせに興味なく、出口の近くにある休憩所で休むと言ってフロワを連れて歩いていってしまった。
呆れかえるネフリティスは冷たい目で後ろ姿を眺めている。
「……あの人、やっぱり自由な妖精族ね」
「まぁ、キラキラして見た目と口も煩わしいヤツが消えてくれたってことでぇ」
「うわっ……こっちもこっちで、危険分子!」
相変わらず意思疎通が出来ている二人をよそに、サフィールは平然を装いながら一人で歩き出した。
屋根のない出店が多くを占め、あっても簡易的なものだけ。皆、敷物の上に座って商品を並べている。
魔導具店などで売られている需要のある魔導具は見当たらず、珍しいものが多い。興奮を抑えて歩きながら眺めるサフィールは、後ろから生暖かい視線を感じて眉を寄せる。
指の甲で涙を拭う仕草をしてみせるネフリティスと、明らかな作った笑顔のニルがいた。
「いやぁ、そんな顔しなくてもいいのに。好きなことには素直が一番だってぇ」
「うん、うん! サフィールも成長したのねって……親心?」
盛大なため息で返すサフィールは、二人を撒くように人混みを避けて歩いていく。
ただ、幽霊のネフリティスはもちろん経験豊富なニルを撒くことは出来ない。
色々と見て回って分かったことは、入口から中央付近までに装身具など高価だったり上級者の魔導具はなく、使い捨てが多かった。
珍しかったり、用途が分からないガラクタも多くサフィールの紐は緩まず、一旦中央にある休憩で休む。
簡易的な布で覆われただけの空間に椅子が置かれていた。
すでに休んでいる者もいて、川の見える端へ座る。
「本当に町みたいだな」
「ああ、魔導具の市は各地を巡っていて、“移動する町”って言われてるらしいよぉ」
さすが情報通のニルは手のひらを返すような動きで軽く説明してきた。
ネフリティスは暇つぶしに川の中を飛んでいる。
サフィールは懐から果実水の入った魔法瓶を取り出して口にした。ニルは指から水を精製して口に含んでいる。
思わず切れ長の双眸で睨みつけるサフィールにも、笑って大きめの水を作り出した。
「魔法が羨ましいって顔に出てるぞぉ? 水を持っていないんだから仕方ないだろう」
「……別に。そう言って挑発するな」
「あ、分かった? まぁ、まだ暑い季節じゃないのが救いだよなぁ」
指を鳴らして消すと、ニルは立ち上がって伸びをする。隙があるように見えてまったく油断も隙もないのが、この男だ。
優雅に暇を満喫したネフリティスも戻ってくると残りの半分を見ていく。
サフィールが注目したのは『導きの羽根』や『追跡符』だった。導きの羽根は、一本の白い羽根にしか見えないが、血液を一滴垂らすことで魔力の主を位置特定することが出来る。
追跡符は相手の体に貼り付けることで、魔力探知内にいたら分かる優れものだ。
魔力探知の使えないサフィールには、導きの羽根一択である。
ただ、明らかに足元を見ているような値段だった。
羽根の材料は特殊な魔法生物で、滅多に遭うことが出来ないことから価格差も激しい。
特殊な魔導銃を購入して、使い捨ての魔弾を常備し高価な装身具も購入しているが、魔法を失うまでなんの趣味もなかったサフィールの財力はまだある。
導きの羽根を指さそうとするサフィールだったが、強い力で後ろへ体が引っ張られた。
とっさに後ろを振り返り、魔導銃を取り出そうとするサフィールの右腕は知らない男に掴まれている。
当然ニルも即座に反応したが、その容姿からポーカーフェイスが崩れていた。
ネフリティスに至っては、目が飛び出るほど大きく見開かれている。
「――素敵なボウヤ。そこはやめて、アタシの所へいらっしゃいよぉ……可愛い子には、安くするわよぉ?」
思わず声が出なくなるサフィールたちの前にいたのは、化粧で白く塗られた顔に赤い唇を尖らせ、片目を瞑ってみせる男だった。




