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第54話 憎悪と空虚

 真剣な表情をするニルは、おもむろに片手を上げる。


「オレには回復魔法なんて使えない……覚悟はいいか?」


 向けられる鋭い視線。薄茶色の垂れ目が妖しく光る。すぐに状況を判断して決断するニルは火の魔法を唱え、指先を灯した。

 目を潤ませるネフリティスに小さく息を吐き出すと、流血で染まった右腕を前へ出す。


「ハァ……やってくれ」


 汗ばむ額で濡れる前髪を乱し、ローブの懐からハンカチーフを取り出して、口元へあてがった。サフィールの覚悟と準備が出来たことで、躊躇せず指の火を傷跡に押し付ける。


「ん、ぐっ……‼」


 思い切りハンカチーフを噛み締め痛みに耐えた。痛みを伴う怪我など、拷問もされたことのないサフィールは意識が飛びそうになるのをなんとか抑える。

 思わず目を覆うネフリティスの耳にも、荒治療の終わりが告げられた。

 尻もちをつくように下を向いたまま微動だにしないサフィールは、渇いた笑い声が聞こえてきて恨めしそうな目つきで睨みつける。


「男泣きしても誰も笑わないのに」

「……お前だけには言われたくねぇ」


 バチバチと火花が飛びそうな視線のぶつかり合いは、飛んできた氷の閃光によって強制終了した。

 先ほどの攻撃で魔法の絵本から出てきた複数の羽根はいなくなっている。

 狙うのは残りの双翼に、邪魔な雪の結晶だった。


 魔女たちは何故か不必要に攻撃を受けると動きが停止する。魂を持たない弊害か、それを大いに利用することにした。


「ニル」

「分かってる」


 距離を取って、反対側へ移動するニルは目眩ましも出来る爆発魔法で青の魔女の気を逸らす。

 身体強化を施してもらい、再び動き出したサフィールは少し移動して同じ属性だからと使っていなかった氷の魔法が付与された魔弾を装填した。

 ネフリティスの指示で双翼に向かって二発放つ。痛みから()れる腕で放たれた魔弾は装身具によって軌道修正され、防護を怠った双翼へ命中した。

 凍りつく双翼へ二発目の爆発魔法によって粉々に砕ける。


 四枚の羽根すべてがボロボロになると、冷えていた辺りの空気も変わった。

 動きが鈍い青の魔女へ畳み掛けるように、左右にある二つの雪の結晶を狙い撃つ。


「命中したよ!」


 雪の結晶だからか、白い煙が青の魔女を隠すように上空を覆い尽くした。

 すると、上空から無造作に青い光線が撒き散らされる。

 屋根を貫き、家屋の壁すら破壊して凍りついていった。


 なんとか躱していくと、煙が薄くなり見えてきた青の魔女は魔法の絵本を両手に握りしめ、優雅に舞っている。


「クソッ……あれじゃ、心臓部を狙えない」

「サフィール!」


 ニルが一つの案を念話で提示してきた。

 危険の伴う行為だったが、不老不死である持ち味を生かす方法に、指示通り動き出す。


「よう……青の魔女。攻撃を喰らわなくても、邪魔者は排除した方がいいぞ?」


 青の魔女のすぐ横まで浮かび上がったニルは言葉の通じないことを理解した上で無駄に話しかけた。

 変わらず回転しながら放たれる氷の閃光を転移魔法で躱すニルは、指を魔導銃のようにして魔法を放つ。

 顔を狙ったが、命中しても当然効果はない。人間に例えるなら小さな虫が顔の周りを飛んで目障りだと感じる程度。

 それを避けながら連続で放つ。さすがに爆発によって起こる煙で視界は悪くなった。


 その様子を地上から見ていたサフィールは懐からある物を取り出す。白金の魔導銃を譲り受けた魔導店で購入したものだ。


 これについてはニルの作戦を聞いて、提案したもの。魔女が認識しているのはサフィールとネフリティスだけ。ニルの提案は自分が囮になって、背後からサフィールが心臓部を狙うという初歩的なものだった。だが、魔女に魔法を使わなくさせるという肝心な部分が弱い。


「サフィール……大丈夫かな?」

「問題ない。覚悟は出来てる」

「そういうことじゃ――」


 合図をしたらニルの魔法で体を上空へ浮かせること。魔女たちは学習機能も備わっているようで、同じ方法は二度通じない。サフィールは何かを仕掛けたあと、魔導銃で火華(ひばな)を放つ。

 合図に気づいたニルが、サフィールを上空へ浮き上がらせた。


 急に現れた敵対するサフィールへ、回転していた青の魔女が停止する。

 そして、先ほどと同じく無動作で魔法を放った。一撃をくらい、先ほどと違って一気に凍りついたサフィールは氷像化してそのまま地面へ落ちていく。


「いまだ!」


 下から声が聞こえた瞬間。青の魔女の背後から、氷像になって落ちていったはずのサフィールが現れる。

 血のついたローブを脱ぎ捨てたサフィールは震える両手で握りしめる魔導銃に魔力を込めて一発を放った。

 背後から心臓部に大穴が開く。その瞬間、ぐるんと肢体は曲がり青の魔女としっかり視線が重なった。同時に最後の足掻きのように放たれる細く鋭い閃光。


「サフィール‼」


 下から響き渡るネフリティスの叫び声。


 ――だが、青の魔女の前に亡骸となるサフィールの姿はない。


 心臓部を失ったことで粒子になって消えていく青の魔女が向き直ると、ニルの前に浮かぶサフィールの姿があった。


「――だから、邪魔者は排除しろって教えてやったのに……。ああ、魂がないんじゃ……考える頭もないか」


 皮肉を口にして不敵な笑みを浮かべるニルは、魔女よりも極悪人に映る。

 呆れて何も言えないサフィールは、消えていく青の魔女が持つ魔法の絵本へ触れた瞬間、脳裏に一瞬少女の顔が浮かんだ。

 赤の魔女だったメラ・レジアスのときとは違い、映像が脳裏を駆け巡る。


 それは、青の魔女になる少し前と思われる光景だった――。



 魔法学校で一人残って読書を嗜むアスールの姿がある。

 ただ、それは読書と呼べる魔法書ではなく、子供が喜ぶ魔法の絵本だった。

 眼鏡をかけ三つ編みをしたおさげの少女。周りには光り輝く青い蝶が飛び回っている。

 視点は横から背後へ切り替わり、絵本の中央には男女二人の姿があった。二人とも王冠を被っている。


「いいなぁ……私も、お姫様になって異国の王子様と結婚したい」


 幸せそうに夢を語るアスールの声が聞こえてすぐ、眩しい光に包まれ現実へ戻った。



 手の中には青の魔女にされた少女――アスール・リブロの大切なものである魔法書だけが残る。


「サフィールー!」


 喜びに満ちた声が聞こえてきて下へ向くと、ネフリティスの横にはグランツの体を支えるフロワの姿があった。

 地面へ降りると、すぐそばで拾ったと渡されるローブを着込む前にフロワの回復魔法で傷口を直してもらう。

 手の中にある魔法の絵本を目にしたグランツは目を丸くしていた。魂の証とされるアスール・リブロの大切なものである魔法の絵本。生き物以外で色があるのは魔女だけだと言っていたが、白く輝いていると話した。


「……どうして……いや、そうか。青の魔女が朽ちる瞬間を目の当たりにした。なぜか、喜びも怒りすら起きなかった」

「……グランツ様……」


 複雑な心境のグランツは死の間際で夢を見たと話す。すでに浄化されたのか、人間を色でしか認識出来ていなかった(呪い)も、魔法が解けたように戻ったらしく肩を掴まれた。

 痛みで歪むサフィールの表情で何事もなかったように手を離すグランツは清々しい表情で微笑む。


青玉(そうぎょく)(キミ)は、思ったよりも華やかな容姿をしていたんだね?」

「……それは、どういう意味だ」

「コホン……可愛らしいと、言う意味かと……思われます」


 歪んだ表情のまま左手に持ったままだった魔導銃を向けるサフィールに、心の底から怒っている理由が分からないという表情を浮かべるグランツへ、ニルとネフリティスの笑い声が響き渡った。

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