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第52話 第三形態

 赤い血が流れると同時に、一瞬で氷漬けになったグランツが地面へ落下する。

 サフィールとニルの表情は硬くなった。


 ――氷が割れたら修復はできない。


「ニル!」

「――浮遊動作(フリーゲン)


 口を押さえて微動だにしないフロワは無理だと切り捨て、指示を飛ばしたサフィールは走りながら躊躇せずグランツへ魔導銃を放つ。


「あっ……グランツ様――」


 上空から砕ける氷の音で我に返った様子のフロワも、青白い顔をしたまま降りてくる下で待機した。

 氷を溶かしたことで貫通した腹部から鮮血が流れ出ている。

 心臓へ耳を当てると当然止まっていた。


「二人共、そこは(まと)になる。まずは移動させて」


 あくまでも冷静なニルに指示されるまま家屋の裏側へ回る。その間も、青の魔女は攻撃を仕掛けてきたが、魔弾で相殺した。


 それでも青の魔女の猛攻は止まず、隠れている家屋は上から徐々に崩れていく。


「俺が囮になる。いや、そもそも俺のせいでグランツは撃たれたんだ……」

「いまは誰が悪いとか言ってる場合じゃない。オマエは、回復魔法を使えるか?」

「つ、使えます!」

「それじゃあ、オレが心肺蘇生を試みるから、傷口を塞いでくれ」

「わ、分かりました……! グランツ様……っ‼」


 悲痛で顔を歪めるフロワは泣くのを我慢しながら回復魔法を施していった。同時にニルが心臓に両手を当て一定の速度で押していく。


 真剣な表情で中級の回復魔法を施すフロワは涙を浮かべながら、何度もグランツの名前を叫んでいた。二人の関係性は、同じ青の魔女を追う同志であり、同僚で腐れ縁。

 だが、それ以上の強い絆が垣間見える。


「フロワ……」

「……グランツ様は……魔導隊に入った新人の私を、鍛えてくれました……恩があります――絶対に救ってみせます!」

 

 強い言葉を返す姿に頷き、オロオロするネフリティスは、懸命に青の魔女の情報を伝えてきた。

 サフィールは目眩ましとして懐から煙玉を取り出して、勢いよく頭上へ投げる。そして、すかさず魔導銃で撃った。


 どこを見ているのか、本当に見えているのかも分からない魔女だが、目眩ましが効くのは分かっている。


 二人に任せるしかないサフィールは、路地裏から円を描くように半分ほど走ったあと、横から二発放った。


 煙で見えなくても命中したら魔法が発動して分かるはず。それなのに、なんの変化も音すらしない。


「ねぇ……サフィール。ちょっと、なんか寒くない……?」

「幽霊は寒さを感じることも出来るのか……。言われてみると、そんな気がしてきた」

「幽霊のわたしより感覚が鈍いって、危険だと思うんだけど!」


 雲が晴れるように白い顔が見えてくると、細い手に似合わない大きな魔法書が握られている。それに、雰囲気が違って見えたのは藍色のドレスが、空色の冷気を纏っていた。


「サフィール! あれ……何かの羽根みたい」

「えっ……」


 青の魔女の背中から、透けて見える青い四つの羽根が揺れている。

 手にしている魔法書をよく見ると、魔法の絵本だった。

 ネフリティスも気づいたようで、叫び声を上げる。


「あの絵本! おとぎ話で出てくる、聖女様よ! 聖女様には、鳥のような四つの羽根が生えてるって言われてるの」

「……聖女? 回復魔導師が憧れてる存在か?」

「うん! あ、多分……。亡くなってなかったら一瞬で傷を直しちゃうんだって」


 おとぎ話の聖女を模しているのだとしたら、青の魔女にされて命を奪われたアスール・リブロは、赤の魔女にされたメラ・レジアスと同じくおとぎ話に憧れていた少女だったということになる。

 未だに謎が解けない『魔女症候群』

 共通点は、十六から十八までの少女で、全員が『魔力熱』を発症していたということだけだった。


「……その年頃でも、おとぎ話を好きだったり、憧れている子供は多いよな?」

「寧ろ、自分もなりたい! 近づきたい! って、努力する年頃じゃないかな? わたしも、ペルル・プリエールに憧れて頑張っていたし!」

「……強い想いか。だけど、それなら誰しも何かしら持っているはず……」


 考え込むサフィールに、青の魔女の魔法が炸裂する。腰を落とし回避するが、先ほどよりも威力が増した魔法は一瞬で家屋を全壊させた。

 氷の魔弾で砕けた破片が散らばる中、腰を落としていたサフィールは不敵な笑みを浮かべ立ち上がる。


「魔女症候群……新しい魔女が生まれないのなら、壊せば良いだけだ。原因は、自ずと分かるはず……」

「ちょっ……! まぁ、そうなんだけど……サフィールの目的は魔法を取り戻して最強に戻ることだしね! わたしも、未練なく成仏出来るように頑張るんだから!」


 定まっていなかった感情が完全に吹っ切れた。


 ベルト右側にある白金の魔導銃を取り出すと、左右で持った二本を前へ向け、剥き出しになった家屋から上空目掛けて連射する。


 当然、反撃してくる青の魔女は風の魔法か何かで本をめくりだした。パラパラと荒くめくられる本は、青の魔女の手を離れ体の中央へ移動すると中から無数の羽根を持つ何かが飛び出してくる。


「あれは、なんだ……?」

「わ、わかんない!」


 魔弾はすべて無数の羽根を持つ何かに命中して、範囲魔法も青の魔女へ届かなかった。

 爆発で再び上空が煙に覆われる。すぐさま別な家屋へ移動して、魔弾を補充した。

 目の役割を担うネフリティスも見えているはずだが、狙いは完全にサフィールらしい。


「あれ! 良く見たら、光の塊みたい! なんか、魔法生物にいそうな」

「……なるほどな。多分、さっきの複製と同じだろう。ただ、数が多い……」


 いつの間にか無数の羽根を持つ光の塊が上空へ浮かんでいる。すべてを撃ち落としたり、範囲魔法に巻き込むのも分が悪い。


「ねぇ、サフィール……なんか、青の魔女の周りに雪の結晶? みたいなのが生まれたよ!」

「嘘だろう……まだ手駒を増やすのかよ」


 赤の魔女と比べると明らかに強敵だ。こちらは、魔導銃の変形に魔法力が上がったとはいえ手数が少ないのに……。

 上級魔法を使えたら、まだやりようはあった。中級と格の違う上級魔法は、魔力によっても色濃く威力の違いが分かる。


「クソッ……上級魔法は、いまの魔弾に付与できない……」

「えっ……素材の問題?」

「上級魔法が、この小さな弾に大人しく収まると思うか?」


 ブンブンの左右に首を振るネフリティスでも分かる、上級魔法は誰もが使える魔法じゃない。

 魔弾は本来なら魔石を加工して作られ、魔物のを使っている。魔導銃の核である内蔵魔石と反応させるため。

 ただ、この二本の魔導銃に使われている魔法鉱物なら同じことができる。

 

 黒の魔法鉱物『オブシディアン』自動修復機能を持っているが、理屈は分かっていない。

 白の魔法鉱物『白金』海でしか採れず、実はどんな魔法とも混ざり合うことが出来る。

 

 どちらも魔石とは違った特殊な魔力を帯びていた。

 ただ、未知の魔法鉱物は小さく加工するのが難しいらしい。

 

 そんなとき、急激に寒気を感じて転がるように隣へ移動するサフィールのいた家屋へ稲妻のような氷の閃光が走る。


「サフィール‼ 大丈夫⁉ あの雪の結晶から出てきたみたい」

「なるほどな……。だけど、まずはあの羽根を撃ち落とすか……」


 赤の魔女も、王冠が現れて魔法力が増加した。あのときは王冠を狙うなど考えなかったが、一つずつ試すしか打破する決定打がない。


 深呼吸してから再び身を乗り出すと、無数の何かに向けて範囲魔法が入った魔弾を放ち、反対の手で本体の羽根を狙う。

 案の定、範囲魔法は防がれた。だが、狙いどおり単体魔法は数発本体の羽根に命中する。

 再生を危惧していたが、視界に入った羽根はボロボロのままだった。


「あの羽根は飾りか……? でも、魔力供給器官の可能性も……」

「サフィール! 次が来るよ!」


 考える暇は与えてくれず、再び放たれる閃光に乗って今度は無事だった双翼を羽ばたかせた瞬間、その場が凍りつく。

 まさかの範囲魔法だった。

 ネフリティスのおかげで離れて難を逃れる。

 しかも、雪の結晶とは違い羽根の羽ばたきは周囲の地面まで凍らせていた。


「冗談にもほどがあるぞ……。やっぱりあの羽根からだ。ネフリティス、お前の目が頼りだ」

「う、うん! この自称じゃない天才美少女魔導師に任せなさい!」


 胸を張るネフリティスに良い意味で緊張感が解れて笑いそうになる顔を引き締める。

 青の魔女も攻撃が当たらないことに痺れを切らした人間のように、無差別で魔法を連発してきた。

 このままだと壁にできる家屋が失ってしまう。ニルたちのいる反対側に行くことは出来ない。


 気づくと最初にいた時計台から大分離れている。

 ただ、少しだけ息が上がってきたことに気づいた。


「サフィール……大丈夫?」

「ああ……身体強化魔法の効果が失われたみたいだ」

「それって大丈夫じゃないでしょ⁉」


 時間の無さを感じて、半分ほどに減った羽根を持つ何かに範囲魔法の魔弾を放ったあと、単体魔法を魔法書へ狙って撃ったほんの一瞬だった。


「サフィール‼」

 

 ネフリティスの声も虚しく、青の魔女の放った一撃が亀裂の入っていた防護結界魔法へ命中する。

 ガラスの割れたような高い音をさせて砕ける中、威力を失わない魔法が体に貫通した。

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