第51話 鍵の役割
サフィールの放った魔弾は青の魔女が作り出した魔法と重なり合って空中で爆発する。だが、先ほどと同じで一発目は囮。爆煙の中、二発目が青の魔女の腹部へ命中した。
相変わらず痛みを感じていない人形の顔。防護結界魔法に亀裂が入ったときと違って気にも留めていない。
ただ、黒い靄のようなものが漏れ出したと思ったのも僅かで、跡形もなく消えていった。
「なっ……自己修復能力か」
「ククッ……まさか、本当に能力が飛躍してる?」
「そうでなくちゃ……僕の怒りも収まらないけど――」
自己修復能力を持った魔物は総じて、心臓部である魔石を破壊しない限り倒せない。
ただ、防護結界魔法を破壊してから明らかに変化を感じていた。
再び物陰へ隠れるサフィールたちに、ネフリティスが叫ぶ。
「サフィール! あの魔女、変なことしてる!」
「変なこと?」
少しだけ顔を出すと、青の魔女が何もない空間で両手を動かしている姿を目撃した。
いままであんな動きは見たことがない。何かを形作るような奇妙な動きだった。
ただ、背後にいたニルとグランツがそれを見て目の色を変える。
「まさか……青の魔女は、氷の魔法に秀でてるだけじゃないのか」
「グランツ、どういうことだ……?」
「へぇ……。あの動きは、影魔法の上位――“形作る者”。複製魔法とも言えるかな?」
双子と言っても過言じゃない、自分そっくりの魔力体を作り出す魔法だ。
悠長なことを言って感心するニルにサフィールは呆れかえる。生み出される前に、止めようと魔導銃を撃つが、寸前で動きは止まった。それだけじゃなく、明らかに何かへ触れたはずなのに魔法が作動しない。
「魔法が発動しない……?」
「サフィール! 空中に魔弾が浮いてる! ううん……凍結してるよ‼」
目を凝らしてみると、青い空の上で氷漬けのまま停止している魔弾が二つ。違和感しかない魔弾は空中で留まっていた。
魔法はすべて物体扱いされると思っていたが、気体は違うらしい。
ただ、止められないまま青の魔女と瓜二つの人形が出来上がってしまう。
「……本当の意味で、二体の魔女か」
「――別の意味で、二体も同じ魔女を見たことがあるのかい?」
二人の脳裏に浮かぶ闇の結社から廃墟で遭遇した偽物の魔女。あれが、ミセリアの言っていた“偽りの魔女”の可能性――。
「悠長なことを言っている時間は与えてくれないようですよ」
反対側にいるフロワの言葉で上空を見上げると、二体になった青の魔女が互いの手を重ね合わせている。
索敵をネフリティスに任せて一度身を隠すサフィールは再び魔弾を装填した。
「なんか、青白い光……ううん、あれ蝶みたい! ちょっとだけキレイ……」
「また、範囲魔法か……雪の結晶じゃなくて、蝶?」
「それも幻覚だろう。赤の魔女がしていたみたいなね」
「フハッ……君たち三人で、赤の魔女を討伐したのは本当らしいね?」
「ちょっと……そんなことより、迫ってるわよ⁉」
緊迫した戦場にいるのを感じさせない緊張感の無さに、ネフリティスだけが焦った声を上げる。
再び白金の魔導銃に持ち替え、建物から飛び出したサフィールは躊躇せず連射した。
すぐに体を回転させて隣の家屋に移ると、青白い蝶へ魔弾が命中して光の速さで電撃が走る。激しい音と蒸気で周囲は霧がかったように視界を奪った。
再び持ち替えた黒い魔導銃で、二体同時に狙い撃つ。
先ほどのことも考え、三発ずつ放つと二発ずつ動きが止まり青の魔女に届いたのは一発ずつだった。
しかも、一発は青の魔女に当たることなく手前で爆発する。
「ハッ……いまのって」
「ククッ……防護結界魔法みたいだなァ」
「フハハハッ‼ ――ああ……どうして、僕には攻撃が出来ないんだろうね?」
魔力体で作られた魔女を囲む亀裂の入った防護結界魔法に各々が違った反応を示した。
冷静さを欠いたように笑い出すグランツは片手で顔を覆う。
やることが増える面倒くささが追加された。
ただ、一つ気になることも……。
「その顔は、オマエも気になってるんだろう? オレが叶えてやる」
「ニル……街に被害が出ないようにな」
「ククッ……そこは心配ないだろ。なんせ、青の魔女サマが丁寧に氷でコーティングしてくれてるんだ」
嘲笑うように盾にしていた家屋から身を乗り出すと、街のことなど気にした様子なく魔法を放つ。
「――虚空」
サフィールの魔法で、ずれが生じて動かなくなる青の魔女、二体の中心だけ丸い穴が空いたように暗くなった瞬間。ぐにゃりと空間が歪んだ。
二体の魔女は左右で捻じ曲げられたように肢体があり得ない方向を向いている。不可思議な光景を目の当たりにしたネフリティスは口をパクパクさせていた。
ただ、この魔法の真骨頂である捻じ曲げられたまま歪んだ空間に消えることはなく、すぐに正常な方へ体が戻る。
「うーん……やっぱり効果はないねぇ」
「な、ななっ⁉ 何、いまの魔法!? ねぇ‼」
ニルが放った魔法は空間を歪めて切断する極大魔法の一つだった。魔導師の転移魔法も、魂の存在しかいけないとされる“亜空間”へ移動している説がある。
本来なら肉体がある状態で行ける空間ではないと言われているが、一瞬だけという条件で可能になっている説だった。
だから昔は魔力操作の下手な魔導師が転移魔法を使うと、戻ってこられなくなる……。そんな噂話もあったくらいだ。
「いまのは、空間系の魔法だ。……こんなところで、極大魔法なんて使うなよな」
「極大魔法でアレが一番被害は少ないだろう。ちゃんと実力もあって、頭も良い腐っても魔導師なんでね」
「……凄いくらい自分をベタ褒めしてるわね……」
防護結界魔法を持つ複製の魔女すら、なんの変化もない。
やはり二人を相手にするしかないかと思っていた時だった。
複製の魔女からパキパキという亀裂の広がる音が聞こえてくると、激しい音を立てて割れる。
防護結界魔法が粉々に砕けた――。
全員が目を見張り、複製の魔女に注視する。
「……複製された魔女の方は、通常の魔法でも対処可能……ということですか」
「フハッ……。ああ、魔法界の母、魔力生命樹よ……僕にも機会を与えてくれるのかい? 偽物は僕が相手をするよ……君は、本物に集中してくれたまえ」
美貌が台無しになるほど歪んだ笑みを浮かべたグランツは、勝手に飛び出していった。
「あーあ、これだから風変わりな妖精族は困るよねぇ」
「気持ちは分かるけどな。二人はグランツを援護してくれ」
「グランツ様が勝手をしてすみません。援護に徹します」
隣り合う青の魔女が再び片手ずつ前へ伸ばす。一気に距離を詰めるグランツは、複製の魔女に向けて手を前に出した。
同時に、気づいたら複製の魔女は少し離れた場所へ移動している。
「転移魔法か……自分を介さず、相手に掛けるのは相当な魔力操作が必要だぞ」
「そこはさすが妖精族ってところかなぁ」
「……本当に、妖精族は呪文すら口にしないのね……」
フロワは躊躇なく攻撃魔法を撃ち込んで移動するグランツを追って、家屋の間を走っていった。
取り残された青の魔女本体も気にした様子はなく下を向く。
再び手を前にかざすことなく飛んでくる魔法を辛うじて避けるサフィールは、屋根を失った家屋へ隠れた。
『形作る者』で複製出来るのは一体だけなのか、再びサフィールを標的にした青の魔女は殺意ある単体攻撃しかしてこない。
グランツの様子を確認しようと横へ視線を向けた直後、フロワの声が聞こえてきた。
「グランツ様!」
「えっ……?」
離れた場所にいたグランツは一人で空中を浮いてみえる。
目を凝らしてみると、その前で頭を垂れ、両手をぶら下げた複製の魔女がいた。心臓部には綺麗な風穴が開いている。
そして、赤の魔女と同じようにキラキラと粒子になって消えていった。
殺るにしても早すぎる行動力に感心する。
「グランツ……」
色々な感情が溢れているように、動かないグランツから視線を青の魔女へ戻し、ホッとしたのも束の間だった。
体は前を向いたまま首だけを直角に曲げた青の魔女が、無動作でグランツへ魔法を放つ。
「グランツ……!」
サフィールの声で青の魔女へ振り向こうとする動作の前に、魔法よりも早い氷の魔弾がグランツの腹部を貫いた。




