第50話 幻覚魔法の脅威
下に向けて伸びる双翼が魔弾の装填される部分から生える。そして、長かった銃口が少しだけ短くなり白く輝き出した。
「サフィール! また、魔導銃の形が変わったわよ⁉」
「ああ……そうみたいだな」
「フハッ……そういうことかい? ――内なる魔力は別というわけか」
勝手に納得しているグランツを尻目に、今度は変形した魔導銃で青の魔女目掛けて放つ。
範囲魔法のため威力は弱まるはずだが、変形魔導銃を試したかったのが先に立った。
青の魔女は避けることもせず、まともに防護結界魔法へ命中する。付与魔法は雷。防護結界魔法を破るだけなら属性も関係ないが、赤の魔女の教訓で水系統魔法は装填していなかった。
「んー……当たったみたいだけど……」
「だけど、威力は桁違いだ……」
目に見える変化はない。
雷は広範囲に広がって、見えないはずの防護結界魔法全体に青白い光が走る。もちろん亀裂は入らない。
青の魔女も警戒する様子はないが、敵と認識して伸ばした手の先から雪の結晶を飛散してくる。
サフィールも、もう一発範囲魔法の魔弾を放ったあと、左のベルトに取り付けている相棒と入れ替え、続けて一発放った。最初の結晶に触れた魔弾から、飛び散るように魔法が後方に向かって爆発していく。
「……なんの魔法だよ」
「ああ……あれ? 魔法歴の遺産かなぁ」
「……変な魔法を入れるなよな。爆散魔法か……」
物に触れると流れるように爆発していく少し危険な魔法だ。他の魔法も気になったが、ニルを信じて追撃する。
手で触れただけで変形した黒の魔導銃から放たれたもう一発目は、相殺する気がない青の魔女の防護結界魔法へ命中して派手に爆発した。そして、爆煙が晴れると直撃した部分に亀裂が入っている。青の魔女も異変に気づいたようで、どこを向いているか分からない視線が下へ移動した。
「フハッ……その魔導銃で、絶対的な防護魔法に亀裂か」
「ああ……魔導銃が変化したことで、可能になった」
「グランツ様、周辺住人の避難誘導完了しました」
戻ってきたフロワもどこか興奮している様子で、青の魔女を見ている。
対して表情の変わらない青の魔女が再び正面を向いた瞬間。目に見えない速さで何かが飛んできて、サフィールの防護結界魔法に刺さる。
緊張で一気に冷える空気の中、溶けて消えていく異物は魔弾の形をしていた。
「なっ……氷の魔弾?」
「うはー……もしかして、この短時間で模範したのかよ」
「ですが……サフィール様、亀裂が……」
フロワに指摘された場所は、青の魔女より小さいが亀裂が走っている。妖精族のようにまったく動作が見えなかった脅威……。ただ、魔弾に入っている魔法は模範出来ていなかった。
いままで目に見えなかった自身の防護結界魔法が露わになる。
駆り立てられるような本能で、二度食らっただけで壊れることを察した。
分かりきっていたのに、いざ攻撃を食らって動揺するサフィールは、急に体が軽くなり横のニルを見る。
身体強化魔法だ。
「――魔導銃で撃ったあとにすることは?」
「あっ……隠れること……」
そもそも魔導師は正面切って戦うものじゃない。一部のなんでも出来る天才だけである。
冷静に状況判断するニルの言葉で、全員が周囲の家屋へ回り込んだ。空を浮かぶ青の魔女でも死角になる場所。
案の定、使う頭がない青の魔女は標的を見失ったことで停止していた。
やることは一つ。
冷静になって魔弾の数を確認すると、減った分を装填した。入っている魔法はすべてニルが付与してくれた中級魔法。
亀裂が入ったことで警戒し始めるだろう青の魔女へ、家屋に隠れた状態から赤の魔女と同じ方法で連射する。
攻撃を察知した青の魔女は案の定一つ目を雪の結晶で相殺した。ただ、触れただけで魔法が発動するため炎の渦が空中にうごめき、もう一発が防護結界魔法に命中する。
そして、爆発音と同時に硝子の割れるような高い音が響いた。
「ちょっ……⁉ 呆気なくない? なんだか、逆に怖いんだけど……」
不安を漏らす背後のネフリティスにサフィールも唾を飲み込む。爆発で起きた煙が風に流れて消えると、キラキラした破片が落下する中消えていった。
ただ、一瞬だけ。ほんの一瞬――サフィールの瞳に、魂のない人形が笑ったように映った。
思わず首を横に振ると、表情筋もない青の魔女が奇声をあげる。全員が耳を塞ぐ中、青の魔女に目立った変化はなく、ただその双眸は明らかにサフィールへ向けられていた。
「……嫌な予感がする」
魔導銃を握りしめ、もう一発を放とうと上に向けた瞬間。急に銃身を前にしていた足へ違和感がして、下へ向けた直後だった。
地面が沈み込む感覚に襲われ、そのまま足から一気に体を引きずり込まれる。
「サフィール⁉」
「……おいおい、冗談だろう」
「青玉の君……!」
仲間の声はすぐに聞こえなくなった。一気に視界を閉ざされるような暗闇が襲い、身動きも出来なくなる。魔導船と同じ水中にいるような肌寒さ。だが、実際は土の中に埋まっていて、錯覚しているのは囚われたサフィールだけ。
当然、すぐに呼吸が出来なくなり、苦しさから踠いてみても指先一つ動かない。
どこまで引きずり込まれたのかすら分からない中で、次第に視界が揺れ意識が遠のいていく。
そんなとき、近くでネフリティスの声だけが聞こえてきた。
「――サフィール‼ 寝ちゃダメ! 指の感覚を思い出して――あなたには、相棒がついてるでしょ!」
視覚で分からない指先。動かないと諦めていた体の一部に集中して、何かが触れている感覚を思い出す。地面に飲み込まれたとき、サフィールは魔導銃を握りしめていた。
さらに意識を集中させる。ニルの身体強化も合わさってピクリと指先が動いた。
苦しさも限界を迎えて口を開いた瞬間、上空へ一発を放つ。
放った直後に魔弾は頭上の土へ触れて、魔法が発動し振動と衝撃が走った。
すぐ近くで悲鳴が聞こえる。
音が止んでから薄っすらと瞼を開くと頭上に大きな穴が開いていた。その穴から光が差し込むと共に、ニルとグランツの顔が視界へ映り込み、隣で騒ぐネフリティスの姿も見える。
ホッとして我に返ると、口を開けたときに入り込んだ土を吐き出した。
そこまで沈んだわけではなかったことで、伸ばされる二つの手を掴んで地上へ引き上げられる。
すぐに視界へ入る街は、再び氷に閉ざされていた。
降り注ぐ雪の結晶は、寒い季節なら街を白く染めあげ綺麗に映っただろう。
「今度こそ焦ったけど、さすが僕の見込んだ男だよ」
「ゲホッ、ゲホッ……さっきのは、幻覚なのか……?」
「だろうねぇ。普通、地面が急に沈んだりはしないでしょ」
街は氷に閉ざされ、魔力を持つ人間はサフィールたち以外退避したにも関わらず、攻撃を止めない青の魔女が異質に映った。
「ああ、青の魔女かい? 青玉の君が居なくなったら、街の攻撃を再開してこの有様さ」
「そうか……。グランツは、大丈夫なのか?」
「ああ……いまでも憎い魔女に変わりはないよ。ただ、本能的に僕の魔法は無力だと分かるんだ……」
「だから、頼む」とばかりに下げられる頭に全員が目を見張る。
ローブについた土を払うサフィールは左手に握りしめられた黒い魔導銃へ視線を投げた。
そして、目の前で心配そうな顔をしているネフリティスへ真剣な表情を向ける。
「もう油断はしない……。いや、油断していたつもりはなかったが……防護結界魔法を破壊して余裕が生まれていたみたいだ」
「うん……わたしも! この体になって……もっと、出来ることがあると思うから」
「オレも負けてられないなぁ……魔女に攻撃が効かない分、全力で支援に回る」
意識を新たにした三人は再び青の魔女へ向き直った。その直後、青の魔女が再びサフィールの魔力に気づく。手をあげる仕草もなく、撃ち込まれる脅威へ今度は同時に魔法を放った。




