第45話 魔女の異常
町の門は開かれており、通常の町なら門番もいない。
門をくぐらなくても町へ近づくにつれて冷えていた空気は、雪の降る季節よりも寒く、口から白い息がこぼれる。
無言のまま町を歩くと、何が起きたか分からない様子の住人が氷漬けにされていた。家屋も透明な氷の膜で覆われたように窓から中が分かる。
ただ、中にいる住人も不自然に動かない。外の住人と同じく何も分からない表情で凍っている。
「……あのときと、同じだ――」
「……グランツ様」
さすがのニルも無言で様子を伺っていた。
サフィールも青の魔女の魔法を見たのは初めてで、顔が強張っている。ネフリティスは生存者がいないか町中を勝手に捜索して飛び回っていた。
魔女の魔法でも幽霊には関係なく通り抜けられるらしい。
「……魔導隊員は、どこだ? 氷に覆われていても黒い家屋は分かりやすいだろう」
「サフィール‼ 魔導隊の人、見つけたよ!」
「……ニル」
「ん、了解……生命反応なし」
精霊眼で町全体を確認したニルの説明で、魔導隊の詰所へ向かった四人は顔を歪める。そこにいたのは、扉を開けた一人、いまにでも動き出しそうな魔導隊員の姿があった。
人数を確認したグランツは拳を握りしめる。
ただ、妙なのは扉を開けた魔導隊員は青の魔女と対峙したはずなのに、恐怖よりも急ぐ表情をしていること。
「グランツ。青の魔女は、単体魔法で人間や家屋を氷漬けにするんだよな? これは、明らかに範囲魔法だ」
「あ、ああ……そのはずだった。僕の知る限りでは……ただ、赤の魔女が滅んだあとの話は聞いていない」
「……私も同じです。加えて、家屋が氷漬けにされても中の人間は無事だったはず……」
青の魔女による死亡例は、主に凍死だが、家屋を氷漬けにされて生きながらえても、出られないと最終的に死ぬ。
内部まで浸透する魔法は、範囲魔法以外になかった。
一番の謎は三日で解けるはずの魔法がそのままだということ……。
怒りと困惑で視界が狭くなっている二人から少し離れたサフィールは、真剣な眼差しでニルとネフリティスを見る。
「……これは、赤の魔女を殺したことで何か異変が起きている。旅を一緒にする以上隠し通せない……」
「オレもそう思うよ? 憶測でしかないけど、多分――魔女の進化だ。三大魔女の脅威って言われ始めたのは、他の魔女が討伐されてから……」
「えっ? どういうこと? それに、サフィールのこと言って大丈夫かな……」
「俺の魔力が増幅したのと同じだ……。魔女の数が減るほど、魔法力が増幅する」
目を丸くするネフリティスは口をパクパクしていた。
青の魔女の魔法と変化を目の当たりにしたことで、確信した。そして、その確信で気掛かりなことも……。
「……最後に生まれた白の魔女だが……あいつが生まれたとき、すでに他の魔女を圧倒した魔力を持っていたのは、数を減らしていたからか」
「そうなるねぇ。加えて言うなら、年月よりも生まれの遅い方が厄災として脅威かも?」
「えっ、でも……赤の魔女は六百年前で、青の魔女は七百年前でしょ? それよりも後に生まれた魔女も討伐されてるわよね」
「それは、他の魔女が討伐されたことで魔力を増した結果だろう。俺も、どの魔女から殺ろうとか考えていなかったしな」
新たな事実は分かったが、同時に秘密を話すことで対立もあり得る。グランツの様子から、いまは話す時じゃないのも分かった上で、サフィールは距離を取って声をかけた。
「グランツ。アンタたちに隠していた事実を話す」
「……この状況でかい?」
「ああ、この悲惨な状況を見て確信を持ったからだ」
「青玉の君は何かを隠しているのは察していたよ。赤の魔女の討伐方法を隠したからね」
不老不死と呼ばれるほど長命な妖精族が分からないはずはない。サフィールは万一のために、腰の魔導銃を確認する。ニルは相変わらず楽しんでいるようだった。
緊張した顔をしているのはフロワとネフリティスだけ……。
「実は、アンタが見た白の魔女に敗北したとき。俺は、魔女の魔法を掛けられた。それは、“魔女になる呪い”だ」
大きく見開かれた二人の双眸。同時に、グランツとフロワは手を前に出し、魔法を唱える動作へ移行した。思ったとおり、一触即発の空気になる中で背後から高笑いが聞こえてくる。
「――妖精族と本気で殺り合ってみたかったんだよねぇ」
衝撃を受けているのはネフリティスだけで、明らかな挑発をするニルはサフィールより一歩前に出た。
緊迫した状況で、続けてサフィールは魔法を奪われたことも話す。
「――男は魔女になれない。だから魔法を一切使えなくなって、いまの相棒はこれだ」
腰へ手を伸ばしたサフィールに魔法を唱えようとするフロワをグランツが止めた。
手の中に握られたのは相棒である黒い魔導銃。困惑しながらもサフィールの話を聞く二人に、ニルだけ残念がっていた。
そして、魔導隊員の所在を調べてくれたのは姿の見えないネフリティスという少女だと話す。サフィールにだけ視えて、言葉を話せるのは彼女も魔女症候群で魔女になりかけた被害者だと続けた。
「本来なら死んで魔女に変わるはずだった肉体は滅び、魂が残ったことで異物扱いされたんだと思っている」
「フハッ……怒涛の情報開示じゃないか……戦う気も失せたよ」
「ですが、グランツ様……。サフィール様は魔女だと」
「魔法を封じられているんだろう? 僕の目には、青玉の君の魂は変わっていないし、穢れてもいない。その幽霊な彼女と同じで、異例……魔女にとっての“異物”だ」
手を下ろす二人へ、試したいことがあると言って魔導銃を手にするサフィールは、人が住んでいない家をネフリティスに調べてもらい、全員の前で一発放つ。氷に命中したのは火の中級魔法だった。通常の魔法じゃ解けない氷が高い音を立てて砕ける。
これには全員が目を見開いた。試しにニルとグランツも魔法を放つが当然、溶けることすらしない。サフィールは核心を突く。
「――魔女の魔法は魔女にしか解けない」
魔導銃を下に向けるサフィールが振り返って言い放つ真実と決意。赤の魔女との戦いでは試せなかった確信は証明された。




