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第42話 海を統べる魔導船

 つまり、いまもグランツの視えている世界は単色だということになる……。少女の事件以来だとしたら軽く数百年越え。昔では、他人を気遣うことも一切なかったサフィールが言葉に迷っていた。だが、当のグランツはおかしそうに笑いだす。


「ああ、問題ない。単色に視えているのは、魂を持つ生き物だけだよ。他人の魂を色で視える能力と、穢れが分かるのは元々生まれたときから持っていてね? まぁ、悪くも少女の死をキッカケに生き物そのものが単色化してしまったのさ」

「……つまり、無機物や風景の色はあるってことか?」

「そういうことだね? それに、もう見慣れていて、どうということはないかな」

「なら、魔女はアンタにどう視えているんだ?」


 核心を突くサフィールに再びキラキラな笑顔がスッと消えた。神経を逆なでするのを分かった上で、敢えて投げかけた言葉にソファーへ腰をもたれさせるグランツは片手で顔面を覆い隠す。


「――君も、随分と怖いもの知らずだね? 魔女は魂がない……。だけど、僕の瞳に映る奴等の色は()だ。あの絵が示す黒は正しいんだよ」

「そうか……。なら、あの絵は……魂の穢れじゃなくて、存在か」


 深まる魔女の謎。深く話し込んでいたことで、いつの間にか姿が見えなくなっているネフリティスへ気づく。

 魔導船に乗って同じ部屋へ通されたとき、町よりも会話が制限されることに気づいたネフリティスは落胆していた。

 実力者でもある二人の前で怪しい行動は出来ない。他人に視えない幽霊だから大丈夫だろうと思った矢先だった。


 二人が座っているソファー側の壁から突然姿を表すネフリティスに視線を合わせかけ、自然な動きで横を向く。

 ただ、ネフリティスは明らかに慌てた顔をしていて騒ぎ出した。


「ちょ、ちょっと! サフィール‼ 暇つぶしに甲板へ出て海を見てたんだけど、急に辺りが暗くなって来たと思ったら大洪水‼ しかも魔導船の上だけっておかしくない⁉」


 思わず応えそうになったのを堪えるサフィールはニルと目配せする。


「大体、聞きたいことも聞けた。そろそろ、外の空気を吸いたい。アンタたちはどうする?」

「うーん、僕は此処でまったりしているよ」

「私も、海は見慣れていますので。必要以外で互いに干渉せず、行動の制限もありません。ご自由にどうぞ」


 怪しまれる様子はなく、ネフリティスの案内で自然と部屋を出た。すぐ甲板に上がると音を遮断する魔法によって静かな中、汗が滲む船長の声が飛び交っている。

 甲板はずぶ濡れで、まさに大洪水。雨を防ぐ魔法はなく、左右に大きく揺れていた。風にも強いという構造だったが、竜巻に似た豪雨は想定外らしい。


 ただ、ネフリティスの言うとおり、雨雲は魔導船の頭上にしかなく明らかな異常である。

 雨のせいか高くなる周囲の波も気になった。


「いつからこうなっているんだ?」

「あっ! 影のあるイイ男、サフィールちゃん!」

「……変な言い方はやめてくれ。それに、男をちゃん付けって……」

「そうねぇ……検討するわぁ! そうなのぉ! 突然辺りが暗くなったーて思ったら、これよぉ! 海も荒れ始めて、例の魔物かもしれないわ」


 例の魔物と聞いてニルの言葉を思い出す。有名な海の災害なら、魔導船の船長は知っているだろう『擬似人魚(セイレーン)


 激しく降る雨に注視するニルも口元が緩む。


「この雨。魔力を帯びてるみたいだよぉ……つまり、魔物の仕業で間違いない」

擬似人魚(セイレーン)か……。確か、妖精族の人魚に似ているんだよな? それなら、精神系魔法をしてきそうだな……」

「ああ、精神系魔法……でも、サフィールは大丈夫だと思うよ? 人間の魔法とは違って、相手は魔物だからねぇ。――魔女が魔物如きに屈すると思う?」


 人間の魔法は脳へ干渉することで、魔女の防護結界魔法を破られた。魔物の魔法も原理は同じはず――。

 ニルの言葉を理解出来ないでいると、水面から複数の顔が現れた。首までしか見えない髪が青く、水色の目をした女の顔。ただ、人間のような黒目部分がない単色だった。


「……あれが、擬似人魚(セイレーン)か? 魔物だって言うのは、すぐに分かるな」

「怖っ⁉ 海が荒れてるせいで複数の生首に見えるんだけど! それに……多すぎない?」

「ああ、擬似人魚(セイレーン)で間違いないねぇ。数は……ざっと十匹くらいか。まぁ、普通かな」

「この人おかしいんですけどぉぉお⁉ えっ……待って、囲まれてる!」


 擬似人魚(セイレーン)の被害は年間で数回。だが、魔導船が襲われた報告は聞いたことがないという。

 戦闘になったらどうするか考えているサフィールの背後から知った声が聞こえてきた。


「おや? 思った以上に厄介な催し物が行われているじゃないか」

「催し物ではありません。擬似人魚(セイレーン)の襲撃ですか……魔導船を襲うなど、異常です」

「アンタたちは擬似人魚(セイレーン)を見たことがあるのか?」

「僕はあるけれど、彼女はどうかな?」


 表情があるのかさえ分からない擬似人魚(セイレーン)たちは突然、一斉に口を開く。

 聞こえてきたのは人魚の歌声とは似ても似つかない耳障りな雑音だった。

 音を遮断する魔法を掛けているのに聞こえてくる声。


「……耳障りな雑音だな。魔物の魔法は防げないのか?」

「音遮断は雑音を消すものだからなー。魔法関連は、防護魔法じゃないとねぇ……それよりも、大丈夫かな?」


 擬似人魚(セイレーン)の声がしてすぐ、船内に不穏な空気が流れ始めた。先ほどまで騒がしくしていた船員の動きがピタリと止まり、背後にいるフロワの様子もおかしい。

 

「――フロワ嬢? ……まずいな。まさか、魅了の魔法に掛かっている」

「えっ……擬似人魚(セイレーン)の魅了は魔力量で決まるんじゃないのか」

「つまり、彼女は擬似人魚(セイレーン)より魔力量が低いってことだねぇ……」

「……フロワ嬢を愚弄するのは僕が許さないよ」


 仲間割れをしている暇はなく、急に体が動きだしたフロワは船の囲い部分へ歩きだした。

 急いでグランツが前へ走りこみ、肩を掴んで動きを制止する。

 だが、その動きは止まることを知らず、グランツの方が後ろへ押されていた。


「嘘だろう……魅了魔法に、肉体強化なんて聞いたことがない」

「待て……フロワがこの状態だと、船員たちも――」

「そのまさかだねぇ。死人(しびと)みたいだ……」


 ゆらゆらと体を左右に揺さぶる船員たちも海へ誘われるよう動き出す。全員が目指しているのは海上にいる擬似人魚(セイレーン)のもと……。

 反射的に呪文を口にしかけたサフィールは、自分の行動に驚いて目を見開いた。


「――俺は、何を考えて……」


 魔法を使えないことは身に染みて分かっていたはずなのに……。雨風によってなびくローブから覗く魔導銃が視界へ入った。思わず魔導銃を握りしめるが、攻撃するにしても纏まりもなく数が多すぎる。


「――精神魔法は解除するより、眠らせる方が有効的だ……」


 引きずられるグランツのしようとしていることを読み取ったニルは、状況を楽しんでいるように不敵な笑みを浮かべていた。


「やめたほうがいい。妖精族の精神干渉は刺激が強すぎる」

「……ふざけるな。僕以外に複雑な魔法を扱える者なんて」

「――俺は使ったことがない。一発で()っているからな」


 説得力のある言葉で苦い顔をするグランツと対照的なニルが呪文を口にする。

 しかも、広範囲に作用する精神魔法だ。


「――彼女に何かあったら……不老不死を後悔するほどの苦しみを与えてあげるよ」

「――清浄の眠り(ソメイユ)。……もう苦しみや後悔も、充分すぎるほど味わったよ」


 重みのある二人の言葉と共に、三人以外の人間はバタバタとその場へ倒れていく。

 フロワも力が抜けたように倒れるのを、グランツはすかさず抱きとめた。

 ただ、それで終わるはずもなく……狩りが失敗したと分かった擬似人魚(セイレーン)たちは騒ぎ出す。

 奇声のような声に続けて、船体が激しく揺れた。視界も悪い中、囲いの部分へ手をついて下を確認するサフィールの目に、人魚とは似つかない蛇のような太くて長い尻尾を魔導船へ打ち付ける姿が映る。


 普通の波なら造作もない魔導船が激しく揺れたことで、体格の良い船長が転がっていく。


「サフィール……!」

「クソッ……」


 ちょうどサフィール側へ転がってくる船長に、濡れた足場を上手く使って滑り込んで二の腕を掴んだ。だが、体格の差と魔法で身体強化が出来ないため、囲いに乗り上げた船長の体で前のめりに引っ張られる。

 思い出したように転紙(てんし)を懐から取り出す。


 ――転紙(てんし)は、使用者が目で見える範囲へ任意に移動することが可能な魔導具だ。


 サフィールは囲いに体が半分乗り上げた船長の前へ転移することで、どうにか甲板へ押し戻す。だが、当然そこは洪水の雨が降る空の中だった――。

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