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第41話 白と黒で描かれた絵画

 白いシャツの上からでも分かるほど盛り上がった両腕の筋肉で、到底魔導師には見えない男。キラキラした笑顔を止めたグランツがおもむろに近づいていく。少しだけ警戒するサフィールとは違い、何かを見せるグランツの手元には見慣れた徽章(きしょう)があった。

 隣の二人も気にする様子もなく、手招きするグランツの元へ歩み寄る。


青玉(そうぎょく)(キミ)は初めましてだよね? この()は、まったく魔導師に見えない魔導船の船長さ」

「まったく魔導師に見えないなんて心外じゃなぁい! あら、イイ男が二人も……」

「えっ…………」


 顔も強面な男から聞こえてきたのは愛らしい少女のような高い声だった。

 思わず言葉を失うサフィールとは裏腹で、どこか懐かしさを感じているようなニルは笑顔を向けている。

 色んな意味で熱い視線を送られる船長は「いやぁぁん‼」と恥ずかしそうに頬へ手を当てて腰をクネクネと動かしていた。


「ああ、()は話し方と声が特徴的だけど、嗜好は女性だから安心して? 見た目との差異(さい)を敢えて強調することで、威圧感を失わせているらしい」

「……余計に紛らわしいことになっていると思うぞ」

「それよりも。全員揃いましたので船長宜しくお願いします」

「はぁぁい。それじゃあ――出航するぞ野郎共ォォオ‼」


 急な男の姿に目を丸くするサフィールとは違って腹を抱えて笑うニルに、引き気味のネフリティスも初めて魔導船へ乗り込む。ただ、腹から出した声も可愛いだけだった。


 乗り込んだ甲板も魔法鉱物で出来ているようで、靴音によって地面とは違う金属音が鳴る。

 すぐに出航の準備が始まり、辺りを確認する暇もなく内部へ案内された。


 装甲と違って船内は遊び心もなく、複数の扉があるだけ。

 ただ、船長が動かす手の動きで、壁の至る所に魔力認証があることだけは分かった。


「魔導船はぁ、大半が動力室になってるから気をつけてねぇ? これ、船長命令っ」

「……分かった。動力室に用はないしな」

「ここが貴方たちのお部屋よぉ。フロワちゃんは女の子だからって言ったんだけどぉ……」

「別に構いません。男社会で、女もありませんので」


 男らしいことを口にするフロワへ熱い視線を送るグランツの敵意はニルに向けられている。

 万一でも手を出したら殺すと言わんばかりに……。

 一切信用されていないニルは反対に笑顔で返しているが、相変わらず目は笑っていなかった。


 扉の角が丸みを帯びた扉を開くと、一面青い絨毯が敷かれた広々とした部屋にベッドが四つ置かれている。ソファーやテーブルなど、簡易的な家具もあるが、絨毯以外で装飾は部屋の中央にある“奇妙な絵画”だけ――。


 顔が描かれていない白い色の人間と、黒い色の魔女の絵。これは、人間の魂は穢れていないことから白く塗られ、魂を消滅させ肉体を奪った魔女を、穢れと称して黒く表現しているらしい。


 黒い色が悪く言われる大きな要因だ。ただ、魔導隊が使っている旧・魔法局だった詰め所の黒い理由は、何にも染まらない黒い正義を掲げた象徴だったらしい。


「へぇ……ベッドがあるとは思わなかったなぁ。魔導院()儲かってるんだねぇ……」

「棘のある言い方だね? さすが、黒の不変だよ――休戦なだけで、調子に乗らないようにね」

「あら、あらぁ? 爽やかなイイ男と、謎めいたイイ男の静かなる戦いとか……イイわぁあ!」

「……ちょっとこの二人、本当に大丈夫なの⁉」


 知らぬ存ぜぬを決め込むサフィールとフロワは互いに視線を合わせる。

 船長が去ったあとも年長組の不毛な争いは続き、扉側か、壁側でベッドの位置取りをしていた。


 だが、そこは魔法界。呆れたフロワが、普段から持ち歩いているという個人の魔力量が分かる魔導具『魔力秤(マギア・ヴァーゲ)』を使った。

 最終的に扉側からサフィール、ニル、グランツ、フロワで落ち着く。ちなみに、ニルよりグランツのが魔力量は当然上だった。


「フハッ。さすが青玉(そうぎょく)(キミ)だね? まさか、魔力量でも妖精族の僕を負かすなんて思わなかったよ」


 魔力量が分かるとはいえ、数値化されるわけじゃない。主に、前の人が量った量より大きいか小さいかの判断に使っている。

 これは、魔導師の争いを禁じている魔導院が考えたものだった。


 ただ、禁じているとはいえ拘束力は低く、当然罪人はいる。そのための魔導隊であり、死刑執行者(ラモール)だ。


 さすがに魔女になって増えただろう魔力量は反映されていないはずと、内心緊張していた三人だった。


「入って早々に子供みたいな揉め事を起こすから言えなかったが、あの絵画……どんな意味で置かれているんだろうな」

「子供とは心外だよ、青玉(そうぎょく)(キミ)……。けれど、そうだね? 人間と魔女は別物だという対比……意思表示みたいに感じるかな」

「そうですね。魔女は明らかな黒です。人間と魔女が交わることはないでしょう」


 フロワの言葉に反応しかけるサフィールは、視線を絵画へ集中させる。なんの変哲もない絵画だが、中心の空間だけ気になった。まるで第三者でもいるように、ポッカリと空いている。


 出航を報せる音だけは聞こえるようになっているため、一切揺れは感じない中で汽笛(きてき)が聞こえてきた。


 備え付けのソファーに腰を下ろすフロワとグランツは、いつの間にか優雅なお茶を嗜んでいる。

 ニルはいつもどおり、距離を取って扉の横で壁に背中を預けていた。


「絵画もいいけど、こっちにおいでよ青玉(そうぎょく)(キミ)。僕らの関係についても話しておきたいしね?」

「……その飲み物、どこから出したんだよ」

「そちらに置かれていました。毒などは入っていないことは確認済みですので、ご安心下さい」


 一度ニルへ視線を向けるが、座るつもりはないようで両腕を組んでいる。

 二人の対面へ座るサフィールは、差し出される紅茶へ視線を向けた。魔導院の所有する魔導船なだけあって、銀食器に装飾もされている。一旦飲むことはせず、話したいという二人の関係性を聞くことにした。


「僕らは、青の魔女に殺された少女の関係者なんだよ」

「えっ……そうだったのか」

「はい。私は彼女と遠い親戚でして、一族は皆優秀な魔導師です。私のように魔導隊で活躍した者も多くいます。なので、グランツ様とは腐れ縁です」


 言い切る姿に大げさなほど落胆するグランツはソファーの端に倒れ込む。扉横で笑いを堪える姿が目に入ると、ため息をついた。


「二人の関係性は大体分かった。一点だけ、知りたいことがある。無理に答えなくてもいい」

「なんだい? まぁ、大体予想はつくけどね?」

「それなら話が早いな。アンタの能力について……。その目には、何が見えているんだ?」

「――さすが、僕が見込んだ男だよ。君は青、彼女は紫、そして……扉の横にいる男は黒く視えている。僕は複数の色を失って、他人は魔力で認識した“単色”でしか見えていないのさ」


 うつ伏せの体勢から軽く起き上がったグランツは、ふざけた言動が嘘のように真剣な眼差しを向けてくる。

 聞かされた内容は、ニルが話していたよりも複雑で、衝撃的な事実だった。

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