第40話 うつろわない色
グランツたちに、出発前に行くところがあると言って別れたサフィールは、黒猫の案内なしで裏通りへ向かう。ルイーバを去る前に、約束どおり会いにいくとミセリアは喜んで出迎えてくれた。
キラリと光る耳飾りに気づいたミセリアは両手を合わせる。
「うわぁ! もうつけてくれてたんだね」
「それは当然だろう? これから海を渡るからな」
「いいなー。わたしも装身具欲しい!」
昨日は静かだったネフリティスもサフィールたちの周りを動き回りながら主張していた。
サフィールの耳元を飾る装身具は白く、鱗のような形をしている。人魚の血液を使っているとは思えない見た目だ。
手を合わせていたミセリアが、おもむろに近くのテーブルから片手で収まる大きさの魔法時計を掲げてみせる。
男の手なら握りしめられるほどの大きさだった。
文字盤に刻まれた数字があり、針が回っている。
いまでは珍しくもない魔法時計に、ニルだけが異常な反応をしていた。
「……ニル?」
「あ……いや、魔法時計はそもそも魔導具だしって思ってさぁ」
「そうなの! 魔法時計は魔石で動く魔導具なんだけど……。これは装身具なんだよね。ベルトにつけるタイプの!」
手渡される魔法時計が装身具と聞いて目を丸くするサフィールは、裏の金具でベルトに挟むものだと分かる。
どんな効果があるのか気になって目を細め、文字盤の中心部に宝石のような小さな石が嵌っていることに気づいた。通常の魔法時計にはなく、装飾とも違った異物。
「あっ、気づいた⁉ そうなの、それ。宝石とか、装飾じゃなくて起動装置なんだよね。押してみて! 陸でも起動すると思うから」
「……危険はないだろうな」
実験体にされていそうな空気を感じて確認するが、言葉ではなく満面の笑顔で返された。明らかに、第三者は使っていない……。
陸という表現から、他の装身具と同じで海関連なのは分かった。
意を決して起動装置を指の腹で押した途端、サフィールは魔法時計から出てきた透明な膜に覆われる。
「えっ……?」
「何これー⁉ どうなってるの⁉」
「ふふふっ……。これはね。魔法生物の粘液に含まれる物質を加工して、防護魔法を付与したものなの! 題して……“水中膜”! 十分限定で全身を膜で覆ってくれて、呼吸確保! 水にも濡れない画期的な装身具なんだよ」
「ククッ……凄い代物が飛び出してきたなぁ。だけど、膜って言うんなら……それも使い捨てなんじゃ?」
薄くて脆い印象のある膜だが、ミセリアは満面な笑みを浮かべた。
直後、時間が経ったようで、膜は軽い音を立てて弾けて消える。
「あー、消えちゃった」
「使い捨てじゃないんだけど……内部の液体量によるんだよね。だから、回数制限はあるかな? でも! あたしが調合した液体を足したら、ずっと使えるよ」
「へぇ……それは凄いな。でも、どうして表向きは魔法時計なんだ?」
「それは偽装かな……。あなたも、沢山の装身具を身に着けてるから分かると思うけど。脅威は魔女だけとは限らないからね」
ミセリアの言いたいことが分かると、サフィールも口角をあげた。他の魔導具師や見習いとは違う雰囲気の彼女は、使い魔を従えているだけあって情報通らしい。
ミセリアの処遇は、すべての魔女を根絶やしにしてから考えることになった。
いまさら死ぬ気もなく、気ままに待っていると話す彼女は、最初に遭ったときと別人のようで晴れやかに見える。
「またのご来店お待ちしております……なんちゃって」
「ああ、とても良い店だった。大事に使わせてもらう」
「だねぇ。趣味とは思えない実力だったよ。掘り出し物に出会えたときの感動を思い出せてもらったかなぁ……」
「わたしも、話せたらなー……」
ミセリアと別れて集合場所へ向かう中、少女たちについて判明した事実をグランツたちに言うべきか話し合っていた。
その最中、サフィールは気になったことをニルへ問いかける。
「お前……魔法時計を見たとき、目の色を変えただろう」
「あー……良く観察してるねぇ。魔導歴では普及してるけど、魔法歴では珍しかったんだよ。貰い物だったけど……捕まった際に、取り上げられちゃってさぁ……ボクの、大事な時計――」
「なるほどな……。逃げ出したとき、見つけられなかったわけか」
「逃げ出したじゃなくて、壊れたんだよ? まぁ、オレの精霊眼でも探せなかった。つまりは、もう……千年以上の話だしねぇ」
少しだけ寂しげな雰囲気を纏うニルだったが、それ以上は語らなかった。
グランツたちが待つ港へたどり着くと、一部でキラキラした空気が漂っていてすぐに居場所が分かる。
しかも、人集りに乗じて魔女の情報を求めるため、死刑執行者であることを公表した演説もしていた。
サフィールたちは人集りから少し離れて気配を消しているフロワへ歩み寄る。
「あれはどうなんだ?」
「……愚問です。害はないので好きなようにさせています」
「ちょっと……ううん、かなり変わってるわよね。妖精族とかじゃなくて、あの人……」
グランツが魔女を憎んでいる理由は聞かされた。キラキラな笑顔を振りまいて演説を行う姿からは一切想像出来ない歪さと、危うさがあった。
しばらくして人集りがなくなり、歩み寄ってきたグランツはかいてもいない汗をぬぐってみせる。
「フハッ! 僕の噂話に花を咲かせていたね? そろそろ出航らしいから、僕らの魔導船へ向かおうじゃないか」
「……この人、やっぱり変」
辛うじて言葉を絞り出したネフリティスに同意するサフィールは無言のまま存在を主張する魔導船へ向かった。
昨日も下から見上げた魔導船の装甲は黒く、巨大で凶暴な海洋性の魔物を模している。
黒は色んな意味合いを持ち、時代を表していた。
魔導暦の現在では、あまり良い意味を持たないが……それ故に魔除けとして使われたりもする。
「最初に見たときも思ったが……黒は、魔物除けか?」
「――きっとね? 人間が考えることは僕らのような妖精族には分からないからさ……」
「そうですね。魔導船に使われる黒は、悪い意味ではないでしょう」
サフィールの相棒である魔導銃もオブシディアンという漆黒の魔法鉱物から出来ていて黒い。その色に魅せられたのも事実だった。購入されなかった理由は、金額だけとは限らない。
長い木の板が立て掛けられ、すでに荷物は運び込まれたあとのようで、静寂が流れている。防犯上、魔導船で浮遊魔法は厳禁だ。魔法の使えないサフィールには願ってもない条件である。
ただ、乗り場の横には知らない男が一人立っていた。




