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第4話 魔女症候群

 目的地の目印として、全貌が見えてきた黒い建物は他の家屋と違い縦に伸びた長方形で、壁からすべてが黒い街の中で異質だった。

 ただ、不思議がる人間は一人もおらず、平然と横を通り過ぎていく。街の中で溶け込んでいる建物こそ、魔法暦に建てられた歴史ある元魔法省であり、現魔導院だった。


「あの……どこに行くの?」

「ああ、俺の住んでいる家だ」

「えっ⁉ 今日会ったばかりで、こんな美少女を家に連れ込むの⁉」


 ピタリと足が止まり、真顔で一度だけネフリティスを見たサフィールは無言で再び歩きだす。

 「ちょっとー!!」と騒ぐネフリティスを放置して、足を向けた先は魔導院の裏側にある、なんの変哲もない平屋だった。


 屋根の代わりに、白い壁で覆われた四角い箱にしか見えない平屋の青い扉へ触れると魔法文字が現れる。

 青く輝いた魔法文字が、サフィールの手から腕へ鎖のように巻き付いてから消えた瞬間、中から音がした。


「えっ……もしかして、魔力認証⁉」

「ああ、普通だろう?」

「普通だけど……こんな、何もない平屋でって……」


 開いた扉の先へ足を踏み入れると、魔導灯もない暗い中心に地下へ続く階段だけがボンヤリ見える。

 他に家具もない空っぽの部屋は、異質だった。


「ここから下に行って、地下を少し歩いたら俺の家だ」

「ゴクリ……幽霊だから、何も怖いものはないけど……ドキドキするわね」

「まぁ、他に幽霊もいないだろうから安心しろ」

「五年間、わたしのことも視えなかったのに⁉ その自信はどこからくるのよ……」


 年下のネフリティスに指摘されても気にすることなく、階段を降りていくサフィールはすぐ地下室へ到達する。

 意外と低い階段を幽霊のネフリティスは使うことなく床をすり抜けてきた。


 暗かった地下室でもサフィールが足を地面につけた瞬間、今度は足元が青く輝きだし、魔法文字が両足に巻き付いて飛散する。


「げっ……まさか、ここも魔力認証……」

「ああ、これも普通だろう?」

「全然っ‼ 普通じゃないからね⁉ えっ、もしかして、わたし危ない人に出会っちゃった……」

「まぁ、危ないって言うと……あながち間違ってはいないな」


 幽霊で触れられないにも関わらず、両手で体を抱く仕草をするネフリティスを無視して歩きだした。

 少し先に薄く光ってみえる場所が頭上に現れると、サフィールは無言で壁に張り付いた上り階段へ手をかける。


 最後は原始的な方法で床を上に押すと外れたように光が差す場所へ出た。


「えぇぇ……そこは原始的なの⁉」

「まぁ、二つの魔力認証で事足りるだろう。此処が俺の家だ」


 天井から吊り下がる魔導灯が黄昏色の光を放っている。

 室内は簡素で、人の住んでいるような生活感が一切ない。


 備え付けられたような簡易ベッドと、本棚に椅子。必要最低限の家具があるだけ。

 サフィールは空のグラスを手にすると、小さなテーブルに置かれた常温の水が入った瓶を注ぐ。


「あの……魔法で、水を出さないの?」

「――事情があって、魔法を使えなくなったんだ」

「えっ⁉ それって、もしかして……魔力消失?」

「いや、違う……。幽霊のお前になら言ってもいいか。俺は白の魔女に負けて、魔法を奪われた」


 白の魔女と聞いた瞬間、急に表情が変わったネフリティスは震えだし、両手で頭を抱えた。


 その変化に思わず手を伸ばしたサフィールは空を掴む。

 幽霊のネフリティスに触れられるはずがないのは分かりきっていたのに……。

 伸ばした手を下げて、複雑な表情をするサフィールは椅子に座る。


「少しだけ思うことがあった。俺は毎日あの大通りを使っていた。それが、白の魔女に魔法(呪い)を掛けられてから今日まで路地裏を使っていたんだ」

魔法(呪い)……? それで、奪われたの?」


 苦しそうなネフリティスは少しだけ顔を上げた。サフィールは小さく頷いてから、彼女は自分が何者か記憶がおぼろげだという。


 再び頭を抱えるネフリティスに、言葉を選ぶことなくサフィールはあることを口にした。

 それを聞いたネフリティスはおもむろに顔を上げ怯えた表情を向けてくる。


「わたし……一族の名前――思い出せないの……魔導師なら、誰しも持っているはずなのに」

「ネフリティスって名前はどうして覚えていたんだ?」

「――分からない。けど、幽霊になって目を覚ましてすぐ、頭に浮かんできたの……」

「それじゃあ、いまから酷なことを聞く。お前は、どうして死んだんだ? 死ぬ前の記憶はないのか」


 絶望感が滲み出るネフリティスは頭を抱えたまま、おぼろげな記憶を繋ぎ合わせるように言葉を詰まらせながら質問に答えた。


「……確か、魔力熱。十六になって、すぐ侵されて……そしたら、何か怖い夢を……見た気がする。それで、うなされて気づいたら幽霊だった」

「魔力熱は『魔女症候群』にも挙がる話だな……。魔導師は基本的に幽霊を目視出来る……それなのに、俺以外認識出来ないのが引っかかる」

「えっと、貴方は白の魔女? に、魔法を奪われたって言ったけど……。どういう魔法なの?」

「魔女の魔法(呪い)だと、白の魔女は言ってた……。アイツが言うに、俺は男の“魔女”らしい」


 男の魔女と聞いたネフリティスは頭が追いつかない様子でうなる。

 魔女という存在に、魔女症候群。

 サフィールは二冊の資料を取り出してテーブルに一冊を広げる。


「魔女は分かるお前なら知っていることだが、魔女症候群は女がかかる病だ。未だ詳細は不明で、発症すると魔女になる」

「う、うん……。発症した女の子は魂が消滅して、魔女っていう殺戮兵器になっちゃうんだよね……」

「そうだ。白の魔女がかけた魔法(呪い)も不明だが、アイツは男の魔女って言った。だが、男は魔女になれない。だからか、俺は魔法が使えない」

「なるほど⁉ 一種の封印状態……みたいなものなのかな?」


 広げられた一冊には魔女症候群について書いてあった。

 一般魔導師でも分かりやすくするよう、おとぎ話風で。


 書いてある内容は複雑じゃない。


『――原因不明の魔女症候群。悲しいなー。十六歳から十八歳の女の子がかかる病。発症すると、体を奪われて魔女っていう怖い存在になっちゃうんだー』


 魔女は昔からおとぎ話に出てくる怖い存在で、悪戯好きな子供たちに善悪を教えるものだった。

 魔女症候群と名付けられたのはそこからで、魔導暦千年のうち、五百年で魔導院が調べた限り十人も誕生している。

 ただ、白の魔女が現れたのを最後に、新しい魔女は五百年生まれていない。


「当然だが、生き証人はいない。もしも、お前が魔女の形損(なりそこ)ないなら……」

「ちょっと! 言い方‼」

「約五百年、魔女症候群の事例はない中でポッと出てきたのは理解出来ないが……」

「ポッと出とか、悲しいこと言わないでよ!? わたしだって、もっと――」


 何かを言いかけて止めるネフリティスに無言のまま、もう一冊を開くサフィールはパラパラとページをめくる。

 サフィールのお陰で情緒が戻ったネフリティスも上から覗き込んできた。

 女性らしい名前、年齢や個人情報、所在が事細かに書かれている資料。

 つまり、二冊目の資料は魔女症候群を発症した魔導師の記録だった。

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