第35話 情報提供者
「その名は、エルピス・ファクト……。青玉の君は勿論、知っているだろう?」
「――まさか、その名前が出てくるとは思わなかった……。エルピスが動いているのは魔法新聞で知ってたが、まさかな」
「これは青雲の魔蝶――ああ、エルピス・ファクトのことさ。彼は蝶のように優雅に飛び回っているからね?」
サフィールの印象だと小動物や、飼われた狼属だったため、様々な色合いで素材にも使われる魔蝶を思い浮かべて首を傾げる。
話は始まったばかり。二人の関係性について驚くことが連続して頭へ飛び込んでくる。
「――つまり、二十歳のとき。エルピスが最年少で魔導院へ選ばれたのは、アンタの手回しだったわけか……」
「そういうことかね。当時、彼を見たとき確信したのさ。共に魔女をこの世から駆逐する手札になってくれるとね。その中に、青玉の君も含まれていたけど……」
「――俺を手札にしようなんて、妖精族は傲慢だな? 逆に、魔女を狩り尽くすための駒にしてやる」
「フハッ! いいね。妖精族を相手に、そこまで言える人間は初めてさ。ますます気に入った……それで、エルピスが動けない代わりに僕が彼の足になっているんだよ」
魔導院は決められた場所でしか活動が出来ない。
魔導院専門の施設があり、インフィニートの黒い異質な建物もその一つ。三大都市を拠点としていて、エルピスはインフィニートにいた。
エルピスからの情報提供は、数日前の話。三大都市の一つである、プローディギウムのすぐそばの町を襲ったという話だった。魔女は人間の魔力を感知して町や村など、人が多い場所に狙いを定めている。
だから、近くにあるプローディギウムを襲わない手はないと。
歴が変わってから魔導具が急成長してきたが、通信魔導具には未だに規制がかけられている。噂話以上の情報が漏れて、混乱を防ぐ目的だというが……魔導院の信用性を疑う声も増えていた。
「エルピスを手札にって考え方をしている割に小間使いかよ」
「共同戦線と言ってほしいね? 目的は同じなんだ。まぁ、組織も同じだけど……僕は自分の目的のためだけにしか動かないからね」
「それは同感だ。俺も、俺のためだけに仕事をしているからな。いまも……魔女を殺す目的だけで動いてる」
「そっちの方が信用出来る。それで、僕たちの次なる目的地は港町ルイーバさ! 次の町だけど、そこに僕の可憐なパートナーが待ってるからね?」
予想通りの名前に、サフィールは目線だけニルへ向ける。
目的地の前に、赤の魔女発祥の地へ行く予定だからだ。
先ほどの話からして、グランツは同じことを繰り返す男じゃない。だから、普通に疑問を確認する提案をした。
「なるほどね。それは、まったく考えもしなかったよ……率直に面白い。人間のくせに、不老不死をしているわけじゃないようだね」
「それはどうも……。オレも、無駄に生きてるわけじゃないからねぇ……」
密かに見えない炎を燃やしていそうな二人へ、呆れた顔のサフィールはソファーから立ち上がる。
「明日の早朝。朝食をとったらすぐ跡地に向かう」
扉の前に立ちふさがっていたニルを退かして振り返ることなく、明日の予定だけ告げて立ち去った。
翌日。宿で早めの朝食を済ませた四人は、少しだけ道を外れた草が生い茂る平坦な場所を歩いていた。
本当に何もない場所で、ニルの言っていたとおり『この先、危険区域』という立て札だけが立っている。
臆することなく立て札を越えた先へ入り込んですぐ、違和感のある場所にたどり着いた。
人為的に土が固まったような平らでいて、家屋が一軒建っていてもおかしくない面積の場所。何かが置かれていたのに、痕跡もなく消えたような違和感。
「――もしかしなくても、此処か?」
「ほらねぇ。オレの予想通り、面白いものが見られたでしょ」
「――まさか……赤の魔女の刻印がない……。本体を殺したから、ってことかい?」
「えっ……何もないけど。でも、上から見ると異様さが凄い分かる……丸く象られたみたいに、そこだけ草が生えてないわよ⁉」
地面を歩いただけじゃ分かりにくい、植物が丸い形の何かを避けていた形跡だけ残っていた。
サフィールの記憶にある資料でも、魔女の刻印は記録されている。
「……確か、青の魔女が誕生した町はプローディギウムの先にあったか……」
「そうだね。ただ、そこへ行く前に、僕たちは青の魔女と遭遇する気がするよ……」
予言めいたことを口走るグランツへ視線を投げたサフィールは、口元を押さえたまま口角が緩んで仕方ない表情を隠そうとする歪な姿を目撃した。
他には何もなく、整備された道へ戻るとすぐに目的地が見えてくる。
離れた場所からでも風に運ばれてくる潮の香り。
ただ、先ほどまで怖いくらい艶っぽい笑みを浮かべていたグランツの表情が硬くなっていた。
「妖精族は不気味さを売りにしてないよな?」
「青玉の君は、失礼な人間代表かい?」
「潮の香りなんて嗅いだことなかった。独特だけど、悪くない」
「君は何も分かっていないね。匂いの根源を知ったら卒倒するよ。それと……第一に、肌が荒れる。第二に、髪が傷むし、臭いがつく……最悪さ」
グランツの表情が硬くなったのは、町に入ることで肌が傷むことへの不満。匂いの元については、あえて聞かない。呆気に取られるサフィールやニルとは違い、ネフリティスだけは何度も首を縦へ振って同意していた。
「分かるわー! これだから普通の男子は……。肌の荒れ、髪の傷み……重要な問題だからね⁉」
思わず口を開きかけて反対を向いてやり過ごすサフィールに、グランツは疑いの眼差しを向けている。
ネフリティスは鼻息を荒くしているが、幽霊だから関係ないだろうと思うサフィールだった。




