第34話 キラキラの理由
表通りにある宿屋を目指して路地裏を歩く中、おもむろに顔を向けてくるニルは思い出したような様子であることを口にする。
「あ、そうだ。次の港町へ行く手前にさ、呪われた町の一つって言われてる赤の魔女の誕生した跡地があるけど。寄っていく?」
「えっ⁉ そんな跡地が近くにあったの⁉」
通常の学生なら知るはずもない過去の歴史が残されている場所だった。
赤の魔女が誕生した六百年前に滅んだ町の跡地は、整備された道から少し離れた場所にある。現在でも恐れられ、好んで行く者はいない。立て札はあるが規制されておらず、雑草で生い茂る中、ある場所だけが草木も生えず、“魔女の刻印”と呼ばれる絵や文字が地面に刻まれている――。
家一軒ほどに渡って刻まれていて、その場所で儀式めいたことをする怪しい集団も目撃されているとか。
赤の魔女を倒したいま、行くべき場所かと考えを巡らせるサフィールは、頭の中で記憶している資料を思い出し怪しい集団について闇の結社だろうと思い当たる。
「……赤の魔女はもういない。いまさら行くべきか?」
「うーん……長く生きた経験からは、行くべきかなぁ……。面白い発見が出来ると思うんだよねぇ」
「面白い発見……? まぁ、遠回りじゃないなら別にいいか」
話がまとまって、表通りにある宿屋の前でたどり着くと、異常な光景を目の当たりにした。腰まで伸びた金髪を一つ結びにし、翡翠色の瞳と長い耳が特徴的な優男。
キラキラした笑顔で通行人へ愛嬌を振りまく、とてもよく知る人物が立っていた。
思わず踵を返すサフィールへ長い腕が伸びる。
「ちょっと、この僕が見えていないわけないだろう? どこに行くんだい。ナンバーワン」
「……他の宿を探そうと思っただけだ。それに、番号で呼ぶな」
「そんなキミのために、もう部屋は取ってあるよ。もちろん、僕の隣の部屋にね! あ、その男と同室が嫌なら僕と同じ部屋でも――」
「――隣の部屋で良い。アンタにも聞きたいことはあるが、妖精族は強引なのか?」
掴まれる腕を振り払うと少しだけ顎を上げた。架空の人物だったルベウスよりは低いが、グランツもサフィールより十センチほど身長が高い。
妖精族という言葉でサフィールから視線を外すグランツから笑顔が消える。横を見据える視線はニルを捉えていた。
一時休戦状態とはいえ、長い間に妖精族を演じていたニルが腹立たしいのかもしれない。
「……その男は偽物だ。妖精族も人間と同じで、多種多様さ。つまり、僕が少しばかり強引なだけだね」
「……自分が強引なところは認めるんだな。此処だと邪魔になる。金を払うから鍵をくれ」
「残念だけど、邪魔なのは同意するよ。お金は要らない。これも仕事だ。休職しているキミの代わりに、僕が申請しておくよ」
言いたいことを言って満足したのか、持っていた薄くて透明な板状の鍵を一つサフィールの手に握らせる。
出方を伺っている様子のニルは真顔で一言も喋らず、サフィールに続いて宿屋へ入っていった。
当然グランツにも見えていないネフリティスもオロオロしながら飛んでいく。
宿屋へ入ってすぐ、右側の受付とは反対側に広い共有空間があった。外からでは分からなかったが、中は思った以上の広さで、共有空間にはソファーが二つと簡易テーブルや椅子もある。ここでも食事が出来ると教わった。
受付で夕食と朝食について話をしたあと、サフィールたちはそのままグランツの部屋へ向かう。
先に中へ入りベッドに腰掛けるグランツは、横のソファーを手で示した。
二つのベッドに、ソファーも完備されている広めの部屋は、明らかに高級感が漂っている。
「ゆっくりしてくれたまえ。安心して……遮断魔法は事前に施してある。まぁ、僕の家ではないけどね? それで、ナンバーワン――ではなくて、青玉の君。僕に聞きたいことって? まぁ、大体分かっているけどね」
「……青玉の君……。これこそ、妖精族って気がしてきた……」
「凄い名前が飛び出してきたわね……サフィールの名前を言い換えてるだけだけど」
「正真正銘。妖精族のアンタが、どうして死刑執行者なんかに入っていて、関わらないはずの魔女に執心してるんだ」
ソファーへ腰を下ろすサフィールと違い、部屋に入って扉の前で腕を組んだまま動かないニルは、静かに耳を傾けているようだった。
犯罪者で不老不死という特殊ではあるが、人間のニルへ固執する理由も気になる。
だが、まずは魔女を討伐する目的で休戦して協力することについて。町の入口で見せた魔法はニルを殺すものだった。むしろ、また死んで再生した可能性もある。
笑顔が消え、無言になるグランツとの心理戦。人間とは違って透き通った宝石のような翡翠色の瞳は、美しく整った目鼻顔立ちと相まって男ですら魅了しかねない洗練さがある。
静けさを破ったのはグランツだった。
「人間は時間が短くて、貴重だからね。今回は、僕が折れてあげる」
人間を馬鹿にした態度にも思える言動ではあるが、向けられた笑みはニルと同じ寂しそうに見えた。
「僕のすべてを語ると長くなるから……短く要約しようか」
グランツの昔話――。
人間の町で暮らし始めて数百年が経った頃。近所に住む少女と仲良くなり、グランツお兄ちゃんと慕われる。そんなとき、魔女に町が襲われた。グランツはすぐに少女の元へ駆けつけるが、魔女の氷で凍った姿が視界に入り絶叫。
魔女の氷は、生き物相手なら一瞬で心臓を止めると言われていた。加えて三日経たないと氷は解けず、魔女の魔法は妖精族の魔法だろうと相殺できない。少女の遺体は三日間その場にさらされた――。
同じ町にいたのに何も出来なかった無力な自分。氷に閉じ込められた少女の恐怖を感じていない無垢な表情が、脳裏に張りついて忘れられないという……。
思わぬ過去に言葉を失うサフィールと、その横で両手を胸に押し当てるネフリティスは涙目だった。
ニルは静かに目を閉じている。
「――まぁ、そんなところかね? 妖精族は、その男みたいに不老不死扱いされるほど長寿だ。だから、僕も短命な相手との交流は避けてきたんだけどね……」
「そうか……。俺たち人間は短命だ。妖精族が好んで人間と交流しない理由は想像くらいしか出来ないが理解出来る」
「僕の昔話を聞いて分かったと思うけど……一番の狙いは、青の魔女。それで、今度は僕から質問だよ。青玉の君は、どうやって赤の魔女を殺したんだい?」
聞かれると思っていた質問の答えは考えていない。
グランツが魔女を執拗に追う理由は分かった。ニルを殺そうとするのも、少女と同じく罪もなく生贄にされた被害者が理由だろう。
いまのグランツに話すべき内容じゃないのは明らかだ。
答えに迷っているサフィールに、沈黙していたニルが不敵な笑みを浮かべ、助け舟をだす。
「おいおい、相手は三大魔女の一人だぞ? そんな軽く情報をやるお人好しが死刑執行者にいると思っているのか?」
「――ハァ……僕は青玉の君と話をしているんだよ。“黒の不変”――。だが、一理あるのは認めよう。青の魔女の情報を渡す。僕に情報を渡しても良いと思ったときに、答えを聞かせてほしい」
「……分かった。俺のタイミングで話させてもらう」
「それじゃあ、青の魔女についてだけど――その前に、ある男の話からさせてもらうよ」
足を組むグランツはもったいぶるような言い方で憎き青の魔女の前に、情報提供元がいることを明かした。




