第31話 魔法歴の英雄
魔法歴の時代を変えた人物の一人で、英雄と謳われている。
歴史上での功績は、高等部で伝説級と呼ばれ、いまでは魔物に分類される竜種を一人で討伐した。
魔法界を騒がせた犯罪集団である闇魔法使いも一掃する立役者になっていたり、妖精族の発見にも貢献して常に中心人物として名が知れ渡るほど。
魔導院の基である魔法省を一般魔法使いながら、改革した人物でもあるといわれている。
ただ、オラクルムという一族の名前は現在の魔導院で記録されている名簿に載っていない。
「――さすがに、その名前を知らない奴はいないだろうな」
「そうだねぇ? なんせ、あの魔導飛空艇の立役者でもあるし? 自分には不要だからって、伝説級の魔石を無償で魔法省にあげちゃうんだからさ」
「――人間にしては太っ腹な男だね。残念ながら僕は巡り会えなかったけど……。それで? 貴様は不老不死になって以降殺しをしていないことを理由に逃げ延びるのかい?」
「いやぁ? 魔法省が崩壊したとき幽閉されている場所が機能を失って自由を手にしたけど……正直退屈だったしな。ただ、オレは魔女の魔法ですら死ななかったぞ」
ニルの言葉から、サフィールを庇ったあのとき一度死んでいたと読み取った。
不老不死故に再び蘇ったに過ぎない。
二人が言葉の応酬をしている間も思考を巡らせていたサフィールは口を挟む。
「――グランツには悪いが、この男は渡せない。いまの俺には必要だから」
「……そうかい。それはとても残念だよ……人間ながら、僕より上の死刑執行者ナンバーワンとして――」
「話はまだ終わっていない。この男の罪を許すわけじゃない……千年以上生きて、その間殺しをしていなくても過去は消えないからな。俺が必要なのは、魔女を殺すためだ」
「――魔女を、殺すため……?」
ポカンと口を開けたまま停止するグランツへ続けざまに言う。
「赤の魔女を討伐したのは俺たちだ。すべての魔女を魔法界から葬り去るまで連れて行かれるのは困る」
「――まさか、あの赤の魔女を討伐したのが君たちだったとはね……。――魔女を始末したいのは同じか……分かった。魔法歴から数えて千年以上は放置されていた男だ。処分は目的を達してから考えるとしようじゃないか」
「クククッ……なるほど。キミらしい回答だ。オレも今更逃げ隠れするつもりはない」
だが、先ほどの魔法によっていつの間にか住人が集まり、町の中央から走ってくる魔導隊員の姿もあった。
町の入口で上級魔法なんて派手なことをして騒ぎにならない方がおかしい。
サフィールは元凶であるグランツへ視線を投げる。すぐに気づいたグランツは軽く片目を閉じると、三人で囲みこむ魔導隊へ用意周到さを披露した。
「それは――同じ魔導隊の証。だが、町の入口で上級魔法は勘弁してほしい……事情を聞きたいから詰所へ来てくれるか?」
「ああ、分かった。それじゃあ、元凶である僕が説明しよう。二人は観光でもしていてくれたまえ」
「……あいつ、調子が良いな。誰かさんみたいに――」
「ん? オレのことかなぁ? そんな見つめられると照れちゃうんだけどー……うわっ、冷めた目で見るのはやめてくれない?」
開放感が痛いほど伝わってくるニルの冗談交じりな笑顔へサフィールの冷めた双眸が射抜く。
ただ、そんなやり取りに対してずっと大人しくしていたネフリティスがついに爆発した。
「ちょっとぉぉおお‼ 何、一件落着みたいな感じになってるの⁉ わたし、ずっと蚊帳の外だったんだけど⁉」
「……耳が壊れる。自主的に大人しくしていたのは……偉いぞ? だから、吠えるな」
「えっ……偉い!? サフィールに褒められた……じゃないから‼ もー凄い心配したんだからね⁉ いまはアイツもいないんだから、わたしの話聞いてよ!」
ギャンギャン騒ぐネフリティスに、片耳を押さえながら話を聞いてやるサフィールを見てニルは口元を押さえる。
笑いを堪えているのは一目瞭然なため、再び冷めた視線を投げるサフィールに謝罪しながら三人並んで町の表通りへ歩いていった。
先ほどの騒ぎが嘘のように落ち着いた雰囲気をした町は、表通りでも人が疎らで、時間がゆっくり感じられる。どこの町でも酒場と宿屋は立ち並び、すぐそばに魔導具店があった。
当初の目的である魔導具店に着くまで興奮していたネフリティスも、再び機嫌を良くして鼻歌を歌っている。対してサフィールはどっと疲れたように深く息を吐き出した。
「……赤の魔女を討伐してから歩き通しでアレだけど。あの男がいないうちに、魔導具店で必要なものは買い占めた方がいいだろうねぇ」
「…………大半が、お前のせいだけどな」
「そうよね⁉ 正体については大体分かったけど……良い機会だし、他にも色々聞いた方がいいと思う!」
「宿屋に行ったら質問攻めされそうな予感がするよ」
表通りにある同じ灰色の屋根、平屋で壁の半分ほどが赤い煉瓦で彩られている可愛らしい雰囲気の魔導具店。
他も同じ造りだが、二階建てに囲まれてとても目立っていた。丸い形の茶色い扉を開くと外付けの呼び鈴がチリンと愛らしくて涼しげな音を鳴らす。
中はこぢんまりしていて薄暗い。他の魔導具店と同じで、種類ごと並べられている背の高い複数の棚へ視線を向ける。
ただ、人の気配はない。店主はいないのか、無人だったらあとにしようかと思いながら足を踏み入れた瞬間、奥から大きな音がした。




