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第30話 不穏因子

 その間にも光が失われていき、知識の書も粒子になって消えていく。

 限られた時間では、当時のことを聞くこともできない――。


「次に会ったとき、知りたいことを聞かせてもらう……」

「…………男の魔女が、残りの魔女を討伐した暁に、また巡り合おう――」

「あっ! 消えちゃった……」


 光の粒子は空へ流れるように消えていった。

 しばらく沈黙したあと、もう少し街から離れるべきだとルベウスに言われたサフィールは、街道を歩く。

 魔法書の都へ続いている舗装された道は、歩きやすく視界がひらけていた。


 この先を歩いていくと魔弾を補充出来る大きな街がある。

 ルベウスの話では、中級の魔法が入った魔弾もあるだろうと言っていた。

 距離は半日くらいあるらしく、サフィールは知識の書について話す。


「そうか。それなら、当初の目的に、知識の書かもたらす情報が追加されただけだ。マイナスじゃない」

「ああ、そうだな……。俺の目的は、他の魔女を根絶やしにすることだ」

「わたしの目的も忘れないでよ⁉ あっ、街が見えてきたー!」


 特徴的な薄い灰色の屋根をした家屋が視線の先に見えてきた。

 比較的に魔法界にある町の家屋は統一されていることが多い。景観の良さが理由らしいが、さして気にする者はいなかった。


 開けた門に門番の姿はない。

 夜が更けて、太陽が顔を出した頃にちょうど到着したサフィールたちを怪しむ者もおらず、中へ一歩踏み込んだときだった。


「――(きみ)、ナンバーワンだよね?」


 誰もいなかったはずの背後から声をかけられる。

 透き通った高めの美声。しかも、サフィールは聞き覚えのある男の声だった。

 先に振り返ったのはネフリティスで、まったく気配を感じなかった男へ向き直ったサフィールは、背中を向けたまま動きを止めたルベウスに胸騒ぎを覚える。


 声の主はキラキラした笑顔を向けるが、翡翠色の瞳は一切笑っておらず、腰まで伸びた金髪を一つに結んだ男。噂の、死刑執行者(ラモール)ナンバーツーであるグランツだ。人間と違って横に伸びた耳が特徴的であり、男女問わず美貌の持ち主でもある妖精族のエルフと呼ばれる種族。

 町中で演説する姿に声は無論、顔もよく知っていた。魔導隊の中で分岐している部隊の一つである死刑執行者(ラモール)は存在が知られているだけで、その人物については仲間内でも知らないほど。

 その中で唯一存在を公にしている迷惑な同僚がグランツという男だ。


「――誰のことだ? 人違いだろう……俺たちは先を急いでるんだ」

「ちょ、ちょっと……このグランツって人。危険な目してるわよ! 絶対死線を潜り抜けてる‼」


 エルフは魔法力に長けているだけでなく、耳も良いと聞いたことがあったサフィールは無言で背を向ける。

 さすがに町中で魔法を使ったりはしないだろうし、処罰対象でない仲間割れはご法度だった。


 サフィールが先頭を歩き出したことで、存在を消していたルベウスも歩きだしたとき。


「――いや、まさかね……。僕はとても残念だよ。(きみ)ほどの魔導師が、“その男”の正体に気づかないなんてね――白の魔女に完敗したことが相当な痛手だったのかな」


 静かな口振りで意味深な言葉を紡ぐグランツに、思わず少し後ろを歩くルベウスへ視線を投げる。白の魔女に負けた戦いを見られていたのは知っていた。

 ただ、サフィールの事情は知らず、同行しているルベウスを追いかけてきたのだと分かる。

 後ろを振り返ったまま着いてきていたネフリティスが大声を上げた。


「ねぇ! この人、目の色が変わったように殺気立ってるんだけど⁉」


 振り返るサフィールは魔法書の都から逃げる際に見た顔を思い出す。

 そして、視線の先に飛び込んできたのは片手で人間の体を遥かに超えた炎の球体を生み出すグランツだった。

 詠唱は疎か呪文も唱えていない。

 素早く臨戦態勢を取るサフィールは腰に手を伸ばして躊躇する。相手は死刑執行者(ラモール)ナンバーワンだと分かって近づいてきた。魔導銃を使おうものなら即座に怪しまれる。

 その間にも球体は目で見える太陽ほどに大きくなっていた。

 知らずに騒ぐネフリティスの体をすり抜けたルベウスは、サフィールとグランツの間へ立ち塞がる。


「すまない。いや、キミたちとの旅や戦いはとても楽しかったよ……。これはボク(・・)の客らしい」

「――(ようやく)く姿を現したか……。その男は黒だ。吐き気がする……妖精族でもないよ……」


 光のない虚ろで冷めた瞳が、押し殺すような声で吐き捨てた。

 相対するルベウスは戸惑うサフィールを前に姿を変える。

 眩い光と共に変わっていく容姿――。後ろ姿からでも見覚えのある、肩より短めな明るい金髪、小柄で線の細い風貌はサフィールに酒場で助言した男――フィニスと名乗った胡散臭い生命視(ほしみ)だった。


 横目だけ視線を投げてくるフィニスにサフィールの瞳は大きく見開かれている。

 だが、それだけでは終わらなかった。


「ハァ……その姿も偽りだ。本物の妖精族である、この僕を騙せると思ってるのかい? 黒く歪んだ魂が――」

「へぇ? キミ、彼らと同じ目を持っているんだ。さすが、妖精族は違うねぇ……」

「――フィニス……!」


 放たれる炎の球体は勢いよくフィニスだけを飲み込む。

 普通なら全体を巻き込みかねない上級魔法だったが、一点集中が可能な重力魔法も合わさった複合魔法だと気づいた。

 目の前で激しく爆発するが、眩しさに顔を覆ったサフィールへ被害は一切ない。フィニスがいた足元の地面は崩れ、周囲を黒い煙が覆い隠す中、高らかな笑い声が聞こえてくる。

 急な突風で視界が晴れると、明らかに体つきが違うスラッとした長身の男がいた。

 どことなくフィニスが成長した姿に思える後ろ姿は、余裕そうな笑みでサフィールへ振り返る。


「悪いねぇ。これが本来のオレだよ。まぁ、あのフィニスって姿も若いときのオレだから……嘘じゃないけどねぇ」

「――フィニス……じゃない。お前……誰だ」

「その男は、魔法歴での大罪人――ニル・テネーブル……不老不死だよ。当時、罪なき多くの学生(こども)を殺したね……」

「なっ――」


 不老不死については曖昧ながら知識はあったが、魔法歴の記録はあまり残っておらず、フィニスの言葉も半信半疑だったため、サフィールは口を開いたまま思考が停止した。

 ニルの顔もなぜか一瞬だけ悲痛に歪み反論しない。

 再び向き直るニルはグランツと相反して笑顔だった。先ほどのグランツと同じで、瞳は笑っていない……。


 再び魔法を生み出すグランツと違って反撃の意思は見えないニルに対してサフィールが待ったをかける。


「待ってくれ……。この男が、アンタの言う大罪人なのは分かった。少しの間だけだが旅をしてきて、犯罪者だと思ったことは一度もない」

「へぇ……。本当に白の魔女に負けて、勘が鈍ったんじゃないかな? あと、冷酷無比(れいこくむひ)だった君が、ね……」

「正しく言うなら……死刑執行者(ラモール)として、仕事のために人殺ししてきた俺とは違う。いつからかは分からないが……最後に人を殺したのはいつだ?」

「クククッ……人殺しにしてはオレよりお人好し――まぁ、信じるかは別として……子供を殺めて不老不死になってから人殺しはしてないか? 正しく言うなら、ある男に阻止されたから――キミたちも知ってる英雄、“ルクス・オラクルム”にね」


 意外な名前が出てきて再び目を丸くするサフィールと、事情を知っていそうなグランツは一旦魔法を中止して手を下げた。

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