第29話 知識の書
直後、光っている部分から熱を感じて顔を歪める。とっさに懐へ腕を入れて掴んだのは、赤の魔女の遺留品が入った革袋。
懐から取り出す際、指を針で刺されたような痛みに手を離す。地面へ転がった革袋は火がついたように黒く焦げて破け、一つだけ輝いている王冠の髪飾りが燃えた。
呆気にとられる三人の前で、髪飾りを焦がす炎は揺らめいて上空へ伸び上がり、白い光へ変わる。
天空から降り注ぐ光のようで、自然と目を奪われていたサフィールの前に一冊の分厚い本が現れた。
見覚えのないサフィールとネフリティスが首を傾げる中、一人だけ表情を崩すルベウスが口を滑らせる。
「貴様たちには何かが見えているのか」
「えっ? ルベウスには見えていないのか……?」
「なんか、凄い……としか言えないけど、魔女関連の魔導書ってことだけは分かるわ」
サフィールたちが視えている光景は、ルベウスには一切見えていなかった。ここまで徹底した魔女の隠蔽。自然災害も目で見える事象ではないが、魔女を形作っているのは人間の少女だ。
サフィールの説明で、普段は明らかに感情を押し殺しているようにさえ感じられるルベウスの肩が微かに揺れる。
光の中で輝いて見える魔導書は、硝子のように透明だった。見たことのない神秘的な姿で、硝子細工のような細い根が無数に張り巡らされている。
「貴様たちが目にしているのは、知識の書だろう。自然の母と呼ばれる魔力生命樹から生まれた存在だ」
「えっ――」
「えぇぇぇえ⁉ それって、完全におとぎ話じゃない‼」
「……俺の言葉に被せるな。ルベウスは聞こえてないが……」
魔法界に散らばる魔力生命樹を通して、得た情報をすべて書き記す『知識の書』と呼ばれるおとぎ話のような存在。
驚きから思考が停止するサフィールに、知らない声が囁きかける。念話と同じ、脳に直接語りかけてくる声――。
『誰だ……』
『――わしは魔力生命樹から生まれた存在。人間に厄災と呼ばれる魔女にしか姿が視えない、知識の書』
「す……凄すぎ‼ 本自体が喋ってるー! うわー、おとぎ話じゃない」
『……どうやって現れた。まさか、封印されていたって理由じゃないだろう。魔女一人一人が持っている大切なモノの意味はなんだ』
焦げた袋から覗く以前倒した魔女の遺品は二つとも綺麗に残っている。
知識の書と名乗る本は空中で浮いたまま徐ろに語りだした。
『赤の魔女の遺品が燃えたのはキッカケに過ぎず――わしが此処へ顕現したのは、魔女の喪失故』
『……いままでも魔女は討伐していたぞ――もしかして、俺たちが視えていなかった、だけか……』
『左様。常に記録を取る為、顕現していた。魔女の遺品は――“魂の証”』
『……なるほどな。魂の証って、なんだよ。素体になった少女たちの記憶か?』
沈黙する知識の書は答える気がないらしい。
ただ、大切なモノという判断はあながち間違っていなかったことになる。消滅した魂の記憶が、肉体ではなく燃え尽きた髪飾りの可能性――。
未だ完全に他人を信用しておらず、少女たちへ寄り添っているわけじゃないサフィールも、それ以上は聞かなかった。
ネフリティスも空気を読み、背後でソワソワしながら聞いている。
聞きたいことは山ほどあるのに、いざとなって思いつかないサフィールが考えを巡らせていたときだった。
「サフィール! 光が弱まってる!」
「えっ……? 時間制限か」
『再び魔女を討伐した暁には顕現する』
知識の書は魔女を討伐することに対して異を唱える気はないらしい。
サフィールの目的はすべての魔女を討伐して魔法を取り戻すこと。次のときに聞きたいことを質問したら良いと思った矢先だった。
『――誰かと語り合うのは約五百年振り故に、有意義であった』
「五百年ぶり……? 誰と話をしたんだ。俺たち以外の魔女は全員が人形だぞ」
思わず頭の中ではなく、口から言葉が漏れる。
約千年、五百年と、魔法界は変化してきた。
答える気がないのか沈黙した知識の書へ、左手に持ったままだった魔導銃の銃口を向ける。
その行動に驚くネフリティスが騒ぐ中、サフィールは冷たい眼差しで口元をつりあげた。
『アンタの存在が不確かなものなのは分かった。そして、俺ならアンタを殺すことも可能……俺は白の魔女に、男の魔女へ変えられた曖昧な存在だ』
『――全て視えていた。わしが知識の書と呼ばれる所以。魔力生命樹はすべての事象を視ている』
『それで、答えを聞こうか』
生命体ではない本を相手に駆け引きするサフィール。
その瞬間、突風が吹いたように勢いよくページがめくられていった。
風圧で思わず片目を瞑るサフィールの目に開かれた空白のページ。
左から横へ文字が浮かび上がるように刻まれていく。その内容を目で追った瞬間、サフィールだけじゃなく、ソワソワしていたネフリティスも目を見開いた。
『約五百年前――生まれたばかりである、白の魔女――いや、■■■・▲▲▲▲と言葉を交わす』
『白の魔女――強いて云うのなら、その素体となった少女』
二つの意味で驚きを隠せないサフィールは口を開けたまま思考が停止した。




