第3話 幽霊(美)少女
インフィニートの中心街とも言える表通り。
サフィールは魔導銃を購入してから毎日のように魔導具店へ通っている。この日も、静かな街を歩いて店へ向かう最中、透明な何かが横を通り過ぎた気がして振り向くが、影もなく首を傾げた。
数日で人が変わったようなサフィールは、店内を見て回るだけで充実した日々を感じ、酒に飲んだくれていたのが嘘のように晴れやかで、いまではフードも取っている。
「回復魔法が使えない俺には付与魔法がついた補助魔導具も必要だよな……」
「フフフ……お兄さん、お目が高い! お求めの物、すべてこちらに揃っていますよー! 男性向けの装飾魔導具! 略して装身具!」
音も立てず背後から現れたフロイデに肩が揺れるサフィールは苦笑いを浮かべた。通って一週間は経っているため、顔見知りの良客と認識されたサフィールを見つけては、本人の意思を無視して話しかけてくる。
他の客からも話しているだけで元気になる看板娘と言われるフロイデだが、不要なものは売りつけない。
相手の表情と話を聞いて、客が欲している物や、必要な物を判断して売っている。明らかに手持ちが無さそうな客は、話だけでも聞いたりしていた。
フロイデに連れられて店の奥にある棚を眺める。
魔導具店には防犯用の魔導具はもちろんあるが、案内された棚は武器と同じく厳重になっていた。
「武器のある棚と同じ、防犯魔導具が使われているな」
「はい! それだけ、装飾品の付与魔法は貴重なので! あっ! こちらなんて、オススメです!」
フロイデの右腕には紐状の装身具がついていて、棚の防犯装置を解除出来るらしい。人間の目で辛うじて見えるほど繊細で透明な網状の防犯装置がある。
フロイデが棚の内部に触れると、網が裂けるように空間ができ、品物を手に取って腕を引き抜くと元に戻った。
「……いままで気にしていなかったが、魔導具は面白いな」
「ですよね⁉ ついに気づいてしまいましたかー! そうなんです! 魔導具って面白いし、便利で素敵なんです!」
「わ、分かったから……その品物はなんなんだ?」
「はっ! すみません……こちらの品物は足に嵌められるアンクレットでして、左足に付けることをお勧めします!」
フロイデの両手に乗せられた白銀のプレートがついた鎖。
中心には小さな魔石が一つ嵌まっている。ただ、よく見ると魔石の周りにも円で囲まれた中に小さい玉が三つ嵌まっていた。
勧められる足首へ視線を投げるサフィールは、不思議な表情をする。
中心の魔石を強化する役割でもあるような小粒具合。
無言で魔石の付与について考えるサフィールが、魔導具へ興味を持ってくれたと察したフロイデはキラキラした瞳を向けてくる。
「こちらの魔石に何が付与されているか……気になってますね‼ ご明察のとおり、中心に分かりやすい魔石。周りは半分以下の小さな魔石がありますが、まず大きな魔石から」
要約すると、中心の魔石には弾道補正。強力な魔導具ではなく、手を怪我して震えた場合、銃口の先を目的に合わせてくれるという。周りの小粒は威力を上げる支援魔法が付与されていた。
両手で持った装身具をうっとりするような眼差しを向けるフロイデに、呆れた顔のサフィールは疑問を投げかける。
「だけど、どうして足首なんだ?」
「それはもちろん! 武器が魔導銃だと悟られないためです! ブレスレット型の装身具は多くありますが、圧倒的に武器関連の物は単純で分かりやすいんです……!」
「――つまり、装飾にこだわっていないってことか」
「……そうです。可愛さ、綺麗さ、格好良さ、何もありません……! しかも、魔導銃はプレート型が多くて……」
なぜか悔しがるフロイデに共感出来ないサフィールは、手を怪我したときのことも考えて勧められたアンクレットを購入する。
他にも買いたい物はあったが、店内に人が増えてきたことでフロイデと別れて店を出る。
「今度は店へ行く前に、購入したい物をメモしておこう」
なんでも魔法でやってきたサフィールは買い物すら数年しておらず、少しだけ胸が躍っていた。
店を出て、あの日を境に足を運ぶようになった表の大通りを歩いていたとき、流れる人混みの中で不意に一人だけポツンと佇む少女へ気づく。
魔法が使えないことで魔力の通う魔導具含め、感覚が鈍ったと感じていたサフィールにとって、久しぶりな得体が知れない存在――。
項まで伸ばされた白銀のゆるふわ短髪に、宝石のような紅い二重。病的な青白さで透けて見える肌。
赤いフレアワンピースに、膝まである白い靴下と、焦げ茶のロングブーツ姿をした少女。魔法学校の制服に見える清楚な格好だ。
少女も気づいた様子で、互いの視線が交差する。
魔導具店に向かっていたときのことを思い出し、厄介ごとの予感がしてサッと視線をそらしたサフィールは角を曲がった。
だが、正体不明な人物は曲がった道へ先回りしていたかのように、目を輝かせて立っている。
呆気にとられるサフィールが口を開く前に、咳払いして先ほどとは違う真顔で少女が名乗った。
「コホン……あー、あー……よし! わたしは“天才美少女”魔導師のネフリティスよ!」
勝手に現れて名前を名乗る、自称・美少女で魔導師らしいネフリティスは、明らかに透けている。
胸を張って意気揚々と名乗ってみせたネフリティスだったが、サフィールはさらに冷めた顔をしていた。
そして、見なかったことにして横を通り抜ける。
バッと道を塞ぐように回り込むネフリティスは大声で喚き散らした。
「ちょっと! 美少女に興味ないとか本気なの⁉」
こういった迷惑相手は一言も話さず無視が一番だと知っているサフィールは無言で通り過ぎる。
しかも、ネフリティスの正体が分かった上で今度は彼女をすり抜けて。
すり抜けた瞬間、彼女の肩が震えたのも知らない振りをして、距離が遠ざかる背中に悲痛な声が届く。
「――お願い……もう、一人は嫌なの……‼」
思わず足が止まるサフィールは死刑執行者のナンバーワンだけあって、非情だ。
粛清相手が子供やお年寄り、か弱い女性でも容赦しない。
フィニスが言っていた、正義感のある人間とは程遠い性格をしていた。
ただ、一つだけ……。
“誰も助けようとしない相手”に対しては、勝手に体が動いてしまう――根っこは、お人好しだった。
「お前、一人なのか……?」
振り向いた先にいた彼女は下を向いていたが、握りしめられた両手へ視線は吸い寄せられる。地面に雨のような雫が落ちては消えていった。
幽霊なのだから当然ともいえるが、肩の震え、悲痛な叫び――。
生き別れた相手と感動の再会をしたときのような感情が伝わってきた。
目元を拭う仕草をしてから顔を上げるネフリティスは恥ずかしそうに指を交差して、体全体をクネクネと揺らしている。
シーンと静まりかえる路地裏で、踵を返すサフィールに手を伸ばし距離を縮めたネフリティスは声を上げた。
「待って! その……貴方の言うとおり。わたしはずっと一人ぼっちだったの……幽霊になってから、五年間」
「――五年間? そんなに、お前が視える魔導師はいなかったのか?」
「う、うん……。最初の一年は頑張って、わたしが視える相手を探していたんだけど、一人もいなかった」
「――なるほどな。だが、どうして俺にだけ視えたんだ?」
五年間、この通りでネフリティスを視た記憶はない。ネフリティスも街を隅々まで探索したあと、大通りに戻っていたらしく、五年の間一度も遭遇しなかったのは不思議だった。
路地裏へ歩いてきた人がサフィールを避ける中、誰も気づくことのないネフリティスはすり抜けていく。
「此処で話すと俺が怪しまれかねない。場所を移すぞ。それから、聞きたいことが沢山ある」
沈んだような表情をするネフリティスが頷くのを確認したサフィールは、青い屋根で統一された中、街で一番目立つ時計台を飛び抜けて異質を放つ、黒い断片が見える建物を目指して歩き出した。