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第28話 残り二体

 両手を下にぶらさげた赤の魔女は前髪によって表情が見えない。しばらく時間が止まったような空気の中、気づくと街を焼いていた炎は消え、辺りは静まり返っていた。

 サフィールたちが視線を外した直後、パキパキッと何かが崩れる音が聞こえてくる。

 赤の魔女へ向き直って、それが肉体の崩れる音であることに気づいた。


 頭に被っていた光り輝く王冠が砕け、人形にしか見えない白い肌が崩れて赤い粒子へ変わっていく。そのさまは赤い花弁が舞うようで、原形を崩して赤の魔女は消えていった。


 なんともいえない呆気なさに呆然とするサフィールだったが、身体の芯が熱くなる感覚に襲われる。


「……えっ? なんだか、体が暖かくなるような……」

「えっ……魔女を倒したから? サフィールも一応魔女だし……これって、共食い⁉」

「……人間同士の争いはどうするんだよ」


 ハッとするネフリティスへ振り向くことなく、赤の魔女がいた場所から何かキラキラしたものが落下したため足早に向かった。地面に転がっていたのは、赤の魔女が身につけていた冠の髪飾り。


 ただ、サフィールはそのことを知っていた。

 理由は不明だが、以前倒した二体の魔女も同じように遺留品があったから。

 懐から皮の袋を取り出して中身を開ける。中には二つの遺留品が入っていた。冠の髪飾りも拾い上げて、赤い空からすっかり夜に変わった星空へ照らす。


「――綺麗ね、それ」

「……そうだな」


 あの一回だけで、メラ・レジアスの記憶に触れることはなかった。肉体が持つ断片だったのか、意味は分からないまま。


 何も考えず倒した二体の魔女では感じなかった、なんともいえない喪失感に会話もおぼつかない。

 ただ、最後まで無反応だった魔女は本当に“魂が無い抜け殻の人形”であると確信する。


「……本当に白の魔女は、俺を男の魔女にして討伐させようとしてるのか?」

「うーん……何も考えなかったら、そうなるわよねぇ……。だって、普通の魔法はどんなに最強だって通じないし」

(われ)も同感だ」

「……魔女のことも大事だけど、アンタはどうして助かったんだよ」


 赤の魔女が消滅したことで黒い煙を上げている街中の表通りで立ち話をしているサフィールは、再度疑問を投げかけた。

 空気が重くなる中、余韻に浸る間もなくハッとするネフリティスが騒ぎ出す。


「ちょっと! 見つかる前に逃げなきゃ!」


 すぐに答えないルベウスの言葉を待つ時間もなく、人のいない表通りを再び走り出した。

 ネフリティスの言うとおり、混乱しているいまならまだ裏門から脱出可能だ。


 走り去る中、一瞬こちらへ向けられる殺気に横へ視線を流す。


 暗い路地裏で光る翡翠色の双眸(そうぼう)が、魔導灯の灯りで微かに分かる顔。

 思わずサフィールは目を見張る。


 ――金髪に翡翠の瞳。


 見間違えるわけがない、死刑執行者(ラモール)ナンバーツーのグランツだった。

 あちらも確実に気づいているような視線が一瞬だけ合った気がして、大きく見開かれた瞳にピリピリと張り付くような空気、心臓を掴まれたような威圧に唾を飲み込む。


 直接顔を合わせたことも話したことすらないサフィールは、出口へ向かいながら口を押さえた。ただ、殺意や憎悪が向けられたのは――。

 走りながら思わず顔を上げ隣へ視線を向けた。


「どうした」

「――いや……なんでもない」

「サフィールたち遅い! 早く来ないと門番に見つかっちゃう!」


 塔頂が崩れた魔導塔の横を走り抜け、出口へたどり着くと門番の姿はない。

 追手もいないのを確認して、門を閉められる前に脱出する。


 魔法書の都が小さくなるまで走り続けたサフィールは、大木の前で手をついて大きく息を吐いた。

 魔法書の都は少し迫り上がった場所から下に位置していて、背後へ振り返るサフィールは目線を下げる。

 赤の魔女を倒したとはいえ、黒い煙はすぐ消えないだろう規模で揺らめいていた。


「……グランツがいた」

「えっ……? グランツって、ナンバーツーの⁉ あわわ……大丈夫かな?」

「そうか。戦いを見られていたかは分からない」

 

 無事に脱出したサフィールは、グランツがいたことを二人へ告げる。何かに気づいて目を大きく見開いていたグランツからは、禍々しい威圧を感じたと話したとき、一瞬だけルベウスの表情が曇った。

 必要以上にグランツを気にするルベウスは今回、赤の魔女との戦いでまた謎が増える。

 赤の魔女を倒したことで炎は消えたが、人間なら一分も保たずに死んでもおかしくない。

 なんせ、魔法が一切効かない相手である。サフィールのように身代わり人形ならあり得るが、ルベウスは人間の作った魔導具を(さげす)んでいた。加えて、身代わり人形は発動すると眩しいほどの光を放つ特徴がある。


 視線に気づいた様子のルベウスと再び重い空気が流れ始めた。

 サフィールの背後にいたネフリティスがピリついた空気を破るように間へ入る。


「ちょっと! 仲間割れよりも大事なことがあるでしょ⁉ 目的の一体を倒せたんだから、何かこう……魔女についての知見を深めるというか、今後について!」


 ネフリティスが見えているのはサフィールだけだが、目線の動きで気づいた様子のルベウスも背中を向けた。


「あの男が動くだろう。すぐに分かる」

「あの男って……グランツか? まぁ、すぐ分かるなら……魔女の方が重要だしな」

「そうよ! わたしたちが魔女の素体について調べたけど、どうして千年の歴史で倒すことしか考えてなかったわけ? 魔女症候群で魔女が生まれてたのは分かっていたのに」

「きっと、当時は混乱していたはずだ……。考える余裕が生まれたとき、素体になった少女は助からないと気づいたんだろう。魔女を討伐して、器に魂も存在していないことが判明した……とかじゃないか?」


 幾度も魔女と戦って、討伐経験もあるサフィールは任務のことしか頭になかった当時を振り返る。

 腕を組んで眉間にシワを寄せるネフリティスは、満足していない様子で目を細めて顔を寄せてきた。


「それは分かるの……。けど、魔女は厄災だからって日常に溶け込みすぎじゃない? しかも、サフィールが残り三体に減らしたあと、他の魔女と違って防護結界魔法も破れなかったわけでしょ」

「まぁ、そうなるな。俺自身も白の魔女に傷を入れる手段がまったく見つからなかった」

「どうして魔女症候群が起きて、わたしのように未来ある少女が犠牲になるのか! そもそも、魔女という厄災に裏はないのかって思うわよね⁉」

「厄災は自然災害だ。魔法生物と呼ばれていた我ら妖精族も魔力で出来ていると言われるが、自然ではない」


 自然災害は誰かが黒幕で起こす事象じゃない。ただ、自然災害なら妖精族も気にしていいはずなのに、魔女に関して関わらない者が多いのは不思議だった。魔女の狙いが人間なのも――。


 妖精族は元々魔法界で生まれた生命体。外から来た人間は異物でもある。


「――千年前、人間の歴史が変わったことも要因の可能性……」

「魔法界で自然と言うなら“魔力生命樹(マギア・リラフト)”だろう。世界を魔力で満たしている不思議な存在だ」

「――魔力生命樹(マギア・リラフト)か……」

「ねぇ、サフィール……。なんか、懐が光ってるように見えるんだけど……」


 不意にネフリティスの言葉で視線を下へ向けると、服の上から仄かに光が漏れていた。

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