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第25話 戦炎

 舞い降りる赤い花弁は魔導師の心を奪うように、サフィールたち以外の人間は動きを止めて空を見上げている。

 明らかに魅了されている姿へフロワが魔法を唱えた。


「――言ノ葉(シュティンメ)


『住人の皆さん、直ちに街の外へ逃げて下さい。これは訓練ではありません。魔導隊による緊急警報です』


 フロワの魔法によって虚ろな目をしていた住人は覚醒したようで、上空を浮いている赤の魔女に気づいて騒ぎ出す。

 逃げ惑う住人の姿にフロワがサフィールへ向き直った。


「私は同僚と合流して逃げ遅れた住人の避難に向かいます。貴方は、路地裏をお願いします」

「ああ、分かった。お互い無事に乗り切ろう」

「はい。それではご武運を」

「――だけど、俺たちがやることは一つだ」


 サフィールたちは赤の魔女を討伐するために探していた。

 走りながら路地裏へ戻り、避難を呼び掛ける中で腰から魔導銃を手にする。

 家から出てくる住人は血相を変えていて、サフィールのことも、下ろしている魔導銃に気づく者はいない。

 ローブの認識阻害は機能している。フロワくらいの実力者は騙せなかっただけだった。


 時の流れを操作でもしているような花弁は、緩やかな動きで距離の近い家屋に触れた瞬間、炎に包まれていく。

 小さな花弁一枚で家屋が燃えていくさまは、言葉どおりの厄災だ。

 数が多すぎる花弁は逃げ惑う住人にも刃を向ける。


 魔女の魔法は、最強の魔導師だったサフィールすら防ぐことも、相殺することすら出来なかった。

 ただ、服へついた花弁(ほのお)は燃え広がる前に脱ぐことで防げる。


 いまもフロワの魔法によって緊急警報は継続され、路地裏まで聞こえてきた。


「赤の魔女に巡り会えたが、貴様はどう戦うつもりだ」

「……正直言って、まだそこまで考えてなかったが……。いまの俺には魔導銃(こいつ)しかないからな」

「ルベウスにも特訓してもらったんだから、大丈夫よ! いざとなったら、わたしの魔法でサフィールを吹き飛ばしてあげる!」

「吹き飛ばすって……それも、どうなんだ」


 赤の魔女は町を燃やすことしか考えていないのか、縄張り意識で敵視していたサフィールに気づいていない。

 サフィールもまた、別な感情が芽生え始めていた。廃屋で起きた体の異常や、魔導銃に起きた変化が一切ないこと。しかも、あのときは本物の魔女じゃなかったにも関わらず異変が起きている。


 あのとき放った魔弾の威力は絶大で、少しだけいけるかもしれないという期待が過っていた。

 条件は不明だが、魔女と遭遇するか、一定の距離で変化すると思っていたため、再びサフィールを不安が襲う。


 ――本当に、魔導銃だけで絶対的な魔法力を誇る赤の魔女(厄災の一人)を葬ることが自分に出来るのかと……。


 不安を誤魔化すよう魔導銃を握る手に自然と力が入る。


「――あの現象だって、良く分かっていないんだ……。そんな調子の良いこと、続く方が(こわ)いだろう」

「……サフィール、大丈夫?」


 独り言を呟いていたことに気づかなかったサフィールは首をかしげた。ネフリティスはゆっくりと首を横へ振って笑う。

 明らかに誤魔化す笑いだと分かるサフィールは何も言わないで走り続けた。


 フロワに言われて住人の避難で路地裏に戻ったわけじゃない。

 サフィールは、空間魔法の使い手としても有名だった。空中戦で、空間魔法の代表でもある転移魔法を使った戦い方だ。

 だが、当然いまのサフィールに空中戦は出来ない。


 サフィールが目指す場所は魔導塔だ。空に一番近い場所は、この街であそこだけ。


 路地裏から見えてきた魔導塔は、どの家屋よりも巨大で空へ(そび)え立っている。下からでも分かる渦を巻くような個性的な造形で、キラキラと輝いて見えるほど洗練された白さを放っていた。


「これが、魔導塔か……。近くで見ると、思った以上に大きいな」

「そうでしょー! 赤の魔女が現れなかったら、サフィールにもじっくり見て欲しかったんだけどね……」

「ああ、とても良い造形だ。魔女に壊されるのが惜しい」

「まぁ、赤の魔女を相手にして無事なはずはないよな……」


 けれど、建物は壊れても魔法でどうにでもなる。魔法界で生命(いのち)より大切なものは存在しない。


 少し前なら魔法でなんでも出来たサフィールは魔導塔を見上げて歯を噛みしめる。サフィールほどの魔導師なら軽く塔頂まで飛べてしまう距離だ。

 そして、再び視線を中央にいる赤の魔女へ向けた瞬間。まさかの視線が交差する。目を離せなくなる双眸(そうぼう)は、背後から抱きしめられるような奇妙な感覚に背筋が凍った。



 以前は、考えるより先に体が動いていたことで気づかなかった感情。視線を向けられただけで、襲ってくる得体の知れない恐怖だった――。



 廃屋では感じなかった精神の揺らぎに、自然と額から汗が滲む。サフィールは視線を離さないまま深呼吸し、再び魔導銃を強く握りしめた。

 その直後、手の平が熱くなっていることに気づく。以前も感じた体内の熱に、視線のみ下へ向けると魔導銃が青白く光っていた。


「あっ……魔導銃が」

「本当! また変形してる。やっぱり、魔女が絡むと魔力が動く?」

「……赤の魔女と視線が合った瞬間、変化が起きた……?」

「サフィール、狙いは貴様だ」


 再び体内の魔力が魔導銃へ流れ込む感覚に合わせ、筒状の部分がさらに前方へ突き出て、真四角に近い形状は全体的に細長く、持ち手の先へ翼のような鋭い突起が二つ現れる。廃屋と同じ見た目に変形していた。


 振り下ろされる赤の魔女の手から無数の赤い花弁が横から注がれる。避けることも難しい量に、サフィールは魔導銃を向けて一発を放った。

 物体に触れることで中の魔法が表に出る魔弾。

 最初の赤い花弁に触れた直後、前方へ鋭い氷の刃が花開いた瞬間、留まることなく上空で膨れ上がる。氷の彫刻のように、無数の赤い花弁を閉じ込めキラキラと輝いて見える巨大な花。以前とは明らかに違う魔法の威力で目が奪われる。

 空に留まれない氷の華は激しい音を立て地面へめり込んだ。


 体に触れそうな脅威をすべて払うと、残った周りの花弁は地面に触れて燃え上がる。


 ただ、サフィールはもちろん、他の二人も目を見開いていた。


「――凄い! サフィール! 魔女の魔法を相殺しちゃった‼」

「……まさか、本当に効くか半信半疑だったが……。それに、廃屋のときと比べられないくらい威力が桁違いだ」

「貴様は男の魔女だ。効果がないと魔女を討伐出来ない」


 興奮するサフィールたちとは裏腹に、魔法を相殺されても赤の魔女は無反応だった。サフィールは絶好の機会だと、攻撃が来る前にもう一発を赤の魔女目掛けて放つ。

 無表情な赤の魔女は警戒していない様子で避けることすらしない。

 それ以前にサフィールの撃つ魔弾(たま)は光の速さで目標へ到達し、魔法よりも速かった。


 気づいたときには赤の魔女の防護結界魔法に当たったようで、空中爆発する。

 魔女なら誰でも備わっていて、サフィールも例外じゃなかった魔法だ。硝子のように音を立て、壊されたり亀裂が生じると視覚でも分かるようになる。


 爆発で生じた黒い煙が風に流れ、再び姿が見えた赤の魔女は透明な球体に包まれ、キラキラした破片が下へ落ちていった。

 次の瞬間、魔導銃を構えたままのサフィールは目を見張る。

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