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第24話 黒髪美女と赤い花弁

 藍色のローブにフードは、とても見覚えがあった。体より少しだけ前に出された手は、明らかに魔導師の攻撃態勢をとっている。暗に少しでもおかしな真似をしたら、魔法で攻撃すると脅しているように……。


「なんなのこの女……。ルベウス並みに無表情なんだけど」

「――貴方方。此処で何をしているのですか。内容によっては、容赦致しません……」

「……それはこっちの台詞だ。街に入ったときから俺たちを監視していただろう」

「俺たち……というよりも、貴方を監視していました。サフィール・ヴァールハイト様」


 名前まで知られていたことに一瞬だけ目を細くしたあと、サフィールはローブから見えないよう腰に手を添える。

 此処までサフィールは何度も魔導隊である徽章を提示してきた。だが、体制が変わった現在(いま)でも一々名前の確認までされたことはない。


 互いに目を離すことなく、情報の開示も譲らず重い空気が流れる。数の有利ではこちらが勝っているが、サフィールは魔法を使えない。

 それは正体不明な相手にはもちろん、誰であっても極力知られたくないことだ。

 だが、重たい空気を破ったのはネフリティスだった。


「こんなときこそ、わたしの取っておき! 浮遊移動(ポルターガイスト)‼」

「――ネフ……」


 思わず口にしかけた名前を噤み、急な突風が吹いたように髪が舞う女は体が引きずられそうになって、足で踏みとどまっている。

 幽霊が使う有名な魔法の一種だとされている現象だ。女のいる空間だけが、激しい風の煽りを受けている。


 両手を前に伸ばして魔力を注ぐネフリティスへ、呆気に取られるサフィールを女は振り絞るよう手を伸ばした。

 だが、攻撃魔法を放つことはさらなる強力な突風で阻まれ、足の踏ん張りも利かなくなって壁に背中を打ちつける。


「させないんだから……!」

「……ネフリティス、もう良い。十分だ」

「だけど……! 分かったわよ……せっかく役立てると思ったのに」


 女に聞こえないほど小さく、普段よりも低い声がネフリティスの耳を震わせた。

 なぜか両手で耳を押さえるネフリティスに首をかしげるサフィールは、突風が止んだことで地面に手をつく女へ近づいていく。


 当然油断はしない。

 魔法を誤魔化すための魔導具もいくつか持っている。


 だが、それは必要ないということが女の表情で分かった。


「……すみませんでした。魔導隊員である貴方のことは知っています。少しだけ、試そうと思いましたが……浅はかでした」

「試そうと……? 誰かに俺の情報を得ていたってことか」

「お察しのとおりです。さすが……いえ、これは憶測でした。私の同僚が、とても絶賛していたので……」


 偶然出会ったことで挑発してみたらしい。

 殺意を感じないことからサフィールも一旦警戒を解いて、利き手と反対の手を伸ばす。相変わらず無表情ではあるが、女は手を取って立ち上がると姿勢を正した。


「申し遅れました。私の名前はフロワ・カルムと申します。同じ魔導隊に所属しているので敵ではありません」

「人間の娘にしては中々の根性だった」

「娘……。妖精族からしたら人間は子供に見えるかもしれませんが、私は今年で二十七です」

「えっ……俺より年上だったのか」


 同い年くらいだと思っていたサフィールは目を丸くするが、気にしていない様子のフロワは背中などの埃を払う。

 先ほどの突風はサフィールかルベウスがやったと思っていて、怪しまれなかった。


 手記のことは黙った上で、ルベウスが調べた情報を共有するとフロワも手を挙げる。


「行方不明の少女は私たちも気にして調べていました。魔女に襲われた町や村で、調べた限り九割の被害報告が出ています」

「……まさか、そんなに被害が出ていたのに魔導隊は気にしなかったのか?」

「どうでしょうか……。私たちは、別な任務で住人とは深く関わらないので」


 やんわりと不審な女の影についても聞いてみたがフロワは知らなかった。

 サフィールはフロワに気づかれないようネフリティスへ視線を投げる。ネフリティスは首を縦に振った。


 行方不明の少女は魔女の贄にされているのか、誘拐されているのか分からない。

 ただ、フロワの話を聞く限り、三大魔女の時代と呼ばれる現在から住人の声が出始めたという。

 しかも、被害報告が出ているのは赤の魔女と青の魔女に襲撃された場所だけ――。


「この二体に共通点でもあるのか……?」

「分かりません。ただ、魔女が三体になったことで、被害が減ったかと思いきや、襲撃される町や村の被害は増加したという話も聞きます」

「魔女は一つの個体だろう? 仲間を失って怒ってるなんて、感情のない人形が思うはずもないし……」

「二人共。何か、空の様子がおかしい」


 空の様子など気にしていなかったサフィールが顔を上げると、黄昏時だった淡い色が燃えるような赤へ変わっていた。

 サフィールはもちろん、フロワやネフリティスも知らなかったことがある。魔女が現れるとき、何が起きていたのか……。


 『赤の魔女、来たる時。空は炎のように赤く染まる――』

 ギーアが書いていた手記の現象だと気づいたサフィールは、赤の魔女を探した。

 だが、姿は見えない。サフィールたちが偽物扱いした赤の魔女と対峙したときには現れなかった現象でもあった。

 見渡しの良い大通りへ移動する際、フロワはサフィールたちにとって妙なことを口にする。


「すみません……状況が飲み込めないのですが。空は綺麗な黄昏色に染まっていますよ」

「えっ……」

(われ)らにしか見えていないようだ」

「炎のように赤く染まって見えていないのか?」


 困惑するフロワは左右へ首を振った。

 ギーアの手記以外で、魔導隊の記録にも空の変化について書かれていなかった理由が判明する。一部の者にしか、空の変化を観測出来ていなかったからだ。


 裏通りから表通りへ戻ったサフィールの目に赤い花弁が舞い降りてくる。

 すでに一度対峙したことで、赤の魔女の魔法は知っていた。

 そうでなくとも、赤の魔女が赤い花弁を炎へ変えて攻撃してくることは多くの情報に載っている。


 軽く(かわ)した花弁は地面へ到達すると、音を立てて燃え広がった。

 一度間近で見ているとはいえ、触れると三日燃え続け、灰も残さない炎は畏怖(いふ)でしかない。


「居たぞ……赤の魔女」

「見た目は廃屋で遭った魔女と同じね……!」

「……幾度挑んでも倒せなかった、憎き魔女ですか」


 サフィールと違って強い恨みでもあるようなフロワの物言いに横へ視線を向けた。

 上空を浮かぶ赤の魔女は、まるで赤い花が咲いたように鮮やかなドレスをはためかせ、全貌が分かる門の真上から鎮座している。艶のある赤髪が風でなびき、片目だけ隠れるような特徴的な前髪に、白の魔女と同じ顔をした目の色だけ赤い模造品(つくりもの)。見た目だけは、初めて対峙したときと変わった様子もない。ただ、サフィールだけはヒリヒリした畏怖(いふ)に近い感覚と抱える不安で唾を飲み込む。

 人形のような顔からは生気を感じられず、代わりに両手が動くと器のように前へ出した。


 動きの意図が分からず警戒しながら眺めていると、艶のある赤い唇を開いて息を吹きかける。

 その瞬間、何もなかった手の平から無数の花弁が広範囲に空へ舞いあがった。

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